コラム

原発ゼロ電気は選べない──電力自由化の真実

2016年03月07日(月)16時30分

 下の図表は、電力中央研究所が各国の電力料金の推移を示したものだ。日本は2011年まで一貫して電力料金が緩やかに低下した。独占企業である電力会社が価格を引き下げたのだ。一方で1990年代に電力自由化をした欧州諸国は近年上昇している。さらに一部の電力自由化をしたアメリカ、カナダは横ばいだ。これは自由化しても料金が下がるとは限らないことを示しているのだろう。

図表・図表・電力中央研究所リポート「電気料金の国際比較」より
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 電気料金は、石油、天然ガスなどエネルギー源の価格に左右される。ちょうど電力自由化の始まった1990年代を底値にして、2008年のリーマンショック、14年からの石油価格の暴落以外は、エネルギー価格は右肩上がりだった。

 今年になって、東京、大阪、名古屋の三大都市圏では、ガス会社、ケーブルテレビ会社、通信会社が、電気とサービスのセット販売の広告を積極的に行っている。しかし、どの契約も複雑だ。そして大半は他サービスとの併用でようやく安くなるものだ。試しにあるガス会社のサービスを見ると、ガスの契約を2年ほど固定化させた上で、月500キロワットアワー(kWh)(日本の世帯平均の使用量は300kWh)使うことで、ようやく既存電力会社よりも料金が安くなるというものだった。おそらく、こうした新規参入組は現時点では電力で儲けようというよりも、顧客の囲い込みを狙っているのだろう。

エネルギー自由化はプラスとマイナスの両面

 電力の小売り自由化はその実施前に盛り上がった期待と違って、「選択の拡大」「原子力発電の抑止」「料金の低下」は、あまり起きないかもしれない。電力の自由化は、経産省や政治が唱えるように、良いことばかりではない。

 しばらく経てば新規参入の販売業者は必然的に電力使用量の多い優良顧客の囲い込みや優遇をするようになるだろう。不公平感が生まれるかもしれない。そして規制がなくなるとは「儲ける自由」「参入の自由」と同時に「撤退の自由」も発生する。消費者が、事業者のサービス取りやめ、倒産などのリスクに向き合う可能性も増える。大口電力の販売業者である日本ロジテック共同組合が、2月に利益が出ないことから撤退を表明。数十億円の電力を購入した会社への支払いの遅延、数千件の売り先の今後の配電などで混乱が生じている。

 自由な経済活動と競争によって業界の活性化が始まる。しかし、その供給システムの改変は慎重であるべきだ。電気は誰もが使うもので、失敗は私たちの生活を直撃しかねない。

 今、自由化をすべき時なのだろうか。既存の電力会社の経営は厳しい状況にある。東京電力は福島第一原発事故の責任を背負い、資本構成上は"国営"企業となった。そして原発の再稼動は遅れ、各電力会社は将来の発電計画も立てられず、経営が悪化している。業界の中心である電力会社が傷付いた状況で、制度をいじったらどのような混乱が起こるか分からない。


プロフィール

石井孝明

経済・環境ジャーナリスト。
1971年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長を経て、フリーに。エネルギー、温暖化、環境問題の取材・執筆活動を行う。アゴラ研究所運営のエネルギー情報サイト「GEPR」“http://www.gepr.org/ja/”の編集を担当。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞)など。

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