コラム

戦場を生き延びた兵士は、なぜアメリカで壊れるのか?

2016年08月31日(水)10時40分

 また、二大政党におけるゼロサムゲームの対立構造も、コミュニティ意識の喪失に拍車をかけている。保守とリベラルは、対立する党を軽蔑し、自分たちを正当化するが、ユンガーが指摘するように、どちらの党の主張も部分的には正しい。例えば、共和党は「働く気がないたかり屋の底辺層」のために税金を投入することを懸念するが、それは過去の歴史の中でも実施されてきたことだし、頭から否定すべきではないとユンガーは言う。同時に、老いた者や病める者の面倒を見る慈悲の心も人類初期の社会から見られた特徴だ。保守とリベラルのどちらの観点も人類にとっては必要なものだ。

 共和党支持者と民主党支持者のどちらも取材してきた筆者は、この部分に大いに共感を覚える。特に、右寄りの保守と左寄りのリベラルでよく見られることだが、自分とは政治的に異なる立ち位置の者を敵視するだけでなく、犯罪者扱いする傾向がある。妥協点を見出そうとする穏健派は、右からも左からも攻撃されてしまうのが現在のアメリカの政治環境だ。

 その解決案は、マウントサイナイ病院のレイチェル・イェフダ医師がユンガーに語った次の言葉に示されている。

「社会を機能させようと思ったら、互いの異なる部分を浮き彫りにし続けるべきではありません。共有する人間性を際立たせるべきです」「人が差異のほうにあまりにも大きな焦点を当てることに呆れ果てています。お互いがどんなに違うのかばかりに注目していますが、それよりも、何が私達を団結させるのか、重点的に取り組むべきではありませんか?」

【参考記事】予備選で見えてきた「部族化」するアメリカ社会

 こうしたユンガーの見解には納得できるところがある。

 しかし「部族感覚」を肯定する次のような主張には首を傾げざるを得なかった。

「もし戦争が、すべての観点で純粋に完璧に悪であり、そこから生じるものがすべて有害だとしたら、これほど頻繁には起こらないはずだ。破壊と人命の喪失だけでなく、戦争は古代人に勇気、忠誠心、無私無欲といった美徳のインスピレーションを与えた。体験した者にとってはとても陶酔する感覚だ」

 アメリカ先住民族の部族感覚をノスタルジックに語る部分、そして男が狩りや他の部族との戦いの中で連帯感と自尊心をかきたてられ、女や子どもが授乳と添い寝で連帯感と幸福感を得るといった感覚も、男性特有の懐古趣味に感じた。男性主体の「部族」での体験が多いことが影響しているのだと思うが、社会を構成するのは男性だけではない。

 次回は「部族」ではなく、女性やLGBTを含めた「コミュニティ」を体験してから書いて欲しいと感じた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

子どもの死亡数、今年増加へ 援助削減が影響=ゲイツ

ワールド

米、貿易休戦維持のため中国国家安全省への制裁計画中

ワールド

メキシコが来年1月に最低賃金引き上げ、週労働時間も

ワールド

スペイン、EV支援計画を発表 15億ドル規模
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story