コラム

インド工科大学で聞いた「インドでAIの呪いは起きるのか」

2018年09月13日(木)16時40分

先のIITの教授にも同じことを聞くと、インドでは1990年代のコンピュータの普及の時に同じような議論が起こり、銀行員たちの仕事がなくなると抗議の声が上がったという。しかし、深刻な事態にはならなかった。ATMがたくさん設置され、確かに窓口に座る銀行員の数は減ったが、IT産業が新しい雇用を生み出した。AIによってなくなる仕事の代わりに新しい知的な仕事が出てくるはずだという。

携帯電話会社の副社長にも聞いてみると、「いくら人工知能だといっても、インド人の運転に対応できるアルゴリズムはないよ。事故が頻発してしまう」と笑った。確かに、混雑した場所では車線など関係なく、車と車の間隔が15センチぐらいで先を争っている。自動運転車は前に進めず、置いてけぼりになるだろう。

AIの呪い

「資源の呪い」という有名な議論がある。天然資源に恵まれた国では政治経済のガバナンスがうまくいかなくなるという指摘である。コングロマリットが資源開発の収益を独占し、政治指導者と結託する。その結果、普通の人々は資源開発の恩恵に浴することができず、貧富の格差が拡大・固定化し、政治的な不満が高まる。

同じように、AIが広く導入されると、単純労働がどんどん自動化され、省人化が進む。そうした仕事に携わっていた人々は収入源を失う。AIを導入するのは資本を持っている人たちで、得た収益を従業員に配分する必要はない。利益はどんどん一部の資本家に蓄積されるようになり、貧富の格差の拡大・固定化につながるかもしれない。「AIの呪い」は、米国の研究者によって米国で起きるかもしれないと指摘されている。

しかし、AIの呪いは、すでに貧富の格差が拡大し、人口が多い社会でもっと激しくなるかもしれない。中国は猛烈にAIへの投資を進めている。中国は自国市場を保護し、米国などの一部ITサービス会社には市場参入させていない。代わりに政府と密接な関係を持つBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)といった中国企業に儲けさせている。中国経済全体の底上げが起きていることは間違いないが、同時に格差の拡大・固定化も進んでいる。

インドでAIの呪いは起きるだろうかとインド人たちに聞くと、それはないと口を揃える。確かにインド社会の格差は深刻だが、インド経済はオープンであり、外国のサービスや製品も受け入れる。そして、AIの恩恵は国民全体に広く行き渡るようになるはずだという。

それでは、インドでAIをリードする企業はどこだろうかと聞いてみると、簡単には名前が出てこない。インド発の有力企業も、成功するとすぐに米国企業に買われてしまうので、必ずしもインド企業とはいえない場合が多いという。有力な携帯電話事業者に聞いてみても、AIに特化した開発部門は社内になく、外部の技術やサービスを買って導入している。

IITは確かにインドでトップの工学系大学だが、学部レベルの外国人留学生の数は限られており、大学院になると少し外国人留学生は増える。逆に本当に有能なインド人学生は大学院になると米国など外国に行ってしまう場合が多い。インド出身で、米国で成功している技術者や経営者は多いが、インドの経済や社会への貢献は限られることになる。

現在のAIへの注目は第三次ブームと呼ばれている。また期待はしぼんでしまうのではと聞くと、いや、この流れは本物だ、ずっと続く大きなインパクトになるだろうというのが大方の見方だった。「#AIFORALL」を本物にするのがインドの課題である。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:欧州で若者向け住宅購入の新ビジネス、価格

ワールド

焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人に

ワールド

昨年の関税合意実施を米と確認、日本が不利にならない

ビジネス

米国株式市場=続落、ダウ453ドル安 原油高と雇用
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 2
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 3
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園で撮影された「恐怖の瞬間」映像にネット震撼
  • 4
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 5
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 6
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 9
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 10
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story