コラム

ドイツ発のモバイルバンク「N26」は、欧州キャッシュレス化の震源地

2020年11月05日(木)17時00分

N26の革新性

自分のお金をいつ、どこで支出したのか?これをN26は、人工知能を使って自動的に分類し、アプリ内の洞察としてユーザーに提示する。取引リストを整理して合計金額を表示するために、独自の#タグを作成することもできる。例えば、 #ギフト #友だち #外食などである。

アプリ内にある「Spaces」は、ユーザーの目標(旅行や買い物など)のためにお金を貯めておくことができるN26の機能だ。休暇や引っ越しのためにお金が必要となる場合などに、Spacesは便利である。

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N26アプリの魅力は、その優れたユーザー・エクスペリエンス(UX)デザインにある。多様な機能もシンプルなデザインにより、使用にはストレスがない。写真は目的別にお金をためるSpacesの画面。©N26

N26は、当然ながらIBAN(銀行口座の所在国、支店、口座番号を特定するための国際標準)を提供する。ユーザーは、通常の銀行口座と同じように、口座からの引き落としを設定し、支出入を管理することができる。MoneyBeamという機能を使えば、他のN26ユーザーに即座に、あるいはN26を使っていないユーザーの場合には、2日以内に送金することができる。友人たちとの会食などで、割り勘のときに使われている。

N26のようなモバイルバンクがイノベーションを追求できる理由の一つは、その事業コストの低さにある。N26は支店や従業員の大規模なネットワーク、独自のATMを持たないため、コスト構造を低く抑え、その分をイノベーション投資に回すことができるのだ。

N26は、完全に統合されたデジタル・プラットフォームのアイデアからスタートし、スマートフォンが自分たちの生活に不可欠だと思う若い顧客に支持され、急成長を遂げてきた。今では中高年のユーザーも増加傾向にある。

N26は循環経済をめざす

大手銀行の多くは、利用可能な資金を超えた場合の当座貸越のペナルティなど、リテールバンキングやホールセールの手数料から多額の収入を得ている。これら従来銀行の手数料収入は、彼らのビジネスモデルの中核を成している。N26 は、保険、大口ローン、無担保融資枠などの従来の銀行サービスを網羅したものではなく、一般的に利用されている個人向け銀行サービスに重点を置いている。

大手銀行は、住宅ローン、自動車ローン、クレジットカード、様々な保険商品のように、クライアントに数多くの金融商品を提供することができる。しかし、これらの欠点は、デビットカードのような単純なサービスだけを必要とする個人顧客に、見えないコスト負担を強いることである。

社会全体にお金を循環させるビジネスをめざす。これがデジタル経済本来の分配の約束である。モバイルバンクは、人々のお金の交換速度を最適化し、生命体を通じた血液の循環のようにお金を動かす。お金は地域社会で動き続ける必要がある。

カタラクシーとしてのN26

Catallaxy(カタラクシー) という言葉は、「経済」という言葉の代替表現として知られている。これは、オーストリア経済学の先駆者であるフリードリヒ・ハイエクとルートヴィヒ・フォン・ミーゼスによって広まった概念で、カオスの中から秩序が現れるプロセスを表現する。

混沌とした金融世界に、等身大のお金の循環を通して秩序が生まれる。カタラクシーは、ギリシャ語の動詞Katallatoに由来する。これは「交換する」を意味するだけでなく、「コミュニティに参加する」、「敵を友に変える」という意味がある。カタラクティックスという用語は、「交換の科学」と定義されており、経済は交換による人々の共創を生み出すのだ。

モバイルバンクが社会に与えている影響は、お金が地域社会に行き渡るその速度にある。スーパーでの買い物、地下鉄やタクシー、電気スクーターなどの支払いを統合するN26は、地域にお金をすばやく循環させる役割を担っている。キャッシュレスは、お金の交換の速度、そして循環を加速させる。

キャッスレスの本当の意味

従来銀行の運用コストの5〜10%を占めるのが現金を管理するコストである。現金、つまり紙幣やコインは、生産コストはもちろん、輸送・保管・衛生管理、そしてATMに紙幣を出し入れするなどのメンテナンスにも莫大なコストがかかる。現金はもともと「無料」ではない。

外国紙幣は海外から購入され、飛行機で運ばれる。そこから両替所のオペレーターに行き、ユーザーの手に渡る。それは無料ではなく、とても高価な交換である。従来の銀行では、このコストの一部を一般顧客に負担させてきたが、ユーザーは現金コストを知らされていなかった。N26がめざしたのは、キャッシュ・コスト負担のない銀行だった。

キャッシュレス先進国スウェーデンでは、わずか4年間で、現金支払いは63%から25%に減少した。そして2019年には、流通している現金が1990年代の水準を下回っている。2012年にリリースされたSwishは、スウェーデンで最も人気のある決済アプリであり、人口の約3分の2が使用している。

スウェーデンの先進性は特別だとしても、世界でキャッシュレスへの道のりが加速していることは間違いない。街のストリート・ミュージシャンへの投げ銭も、すでにN26の機能を使えばキャッシュレスで実行できる。将来、現金が世の中から消える日が来るかもしれない。今、欧州のメガバンクでは、相次ぐ支店の閉鎖と従業員の解雇が加速している。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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