コラム

現在の中国は「秦の時代」に逆戻り...そして間もなく「1984年」がやってくる

2022年10月11日(火)20時55分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国監視社会

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<日本で第二次大戦中に実施された「隣組」のような制度に、最新のデジタル技術を組み合わせた住民監視制度で、中国社会に近づくディストピアの未来>

先日、四川省自貢市のある住宅街が「十戸長」制度を進めるため、ネットで十戸長を正式に募集し始めた。

十戸長とはなんだろうか。中国の「戸」は日本語と同じ「世帯」の意味で、十戸(10世帯)ごとに1人の管理人を選ぶことが十戸長制度と呼ばれる。その仕事内容は「大衆と連絡し、大衆にサービスを提供し、大衆を動員する」こと。

つまり最下部組織の管理制度で、里帰りした人々に対する聞き取り調査や健康QRコード読み取り、または上級の党組織からの指令の伝達に十戸長が責任を持つ。誰かが少しでもサボると、所属する十世帯全員の連帯責任となる。

「文革時代かと思ったら、秦の時代に後退していた」。中国人ネットユーザーも目を疑った。紀元前4世紀の秦にも、「什伍(じゅうご)の制」があった。それは商鞅(しょうおう)という人物が法家思想を基に、富国強兵のため進めた制度。10人組(什)と5人組(伍)を設け相互に監視させ連帯責任を負わせたため、統治者はうまく都市と農村の住民を支配でき、後に秦は強国となって天下を統一した。

中国の歴史を振り返ってみると、この制度は秦だけではなく、帝王の統治手段として歴代王朝によって実行されてきた。例えば宋代の保甲法、元代の千戸制などだ。かつて戦時下の日本で実行された「隣組」とも類似する。

より恐ろしいのは、中国がこれを最新科学技術のデジタル監視システムと結び付けたこと。その恐ろしさはイギリスの作家ジョージ・オーウェルのディストピアSF小説『1984年』を連想させる。

小説の中で、人々の生活の一挙一動は全て当局によって監視され、思想、言語および恋愛・結婚まで当局による統制が加えられる。考える習慣を持つ主人公のウィンストン・スミスは初めの頃は疑問視していたが、最終的に自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、当局の思想を受け入れた。

最初は新型コロナの防疫を名目に始まり、いずれ住民が互いの生活を監視・告発するようになる──。十戸長制度と徹底したデジタル監視システムを結び付けた中国は、まさにリアル版の『1984年』である。今の中国、そして未来の中国が知りたければオススメの小説だ。

ポイント

商鞅
中国の戦国時代の政治家。秦の宰相となり富国強兵と徹底した法治主義で後の統一の基礎を築いた。性急な改革が恨みを買い、反対派貴族によって車裂きの刑に処されたとされる。

保甲法・千戸制
保甲法は北宋の宰相・王安石が郷村の治安維持を目的に10家(保)を基礎単位として組織した。千戸制はチンギスハンが遊牧民族を95の千戸集団に分けたのが始まりで、帝国の拡大に伴い増大した。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マレーシア、16歳未満のSNS禁止を計画 来年から

ワールド

米政府効率化省「もう存在せず」と政権当局者、任期8

ビジネス

JPモルガンなど顧客データ流出の恐れ、IT企業サイ

ワールド

米地裁、政権による都市や郡への数億ドルの補助金停止
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 5
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story