コラム

行き過ぎた「食の安全」志向から、もっとゆるい食文化へ

2016年01月27日(水)12時35分

手近な素材を使い、あまり手をかけずに調理する食文化が広がっている AnikaSalsera-iStock.

 女性、中でも特に子育て中のお母さんたちと話すと、「きちんと料理をしなきゃ」と強い圧力を彼女たちが感じているのがよくわかる。夫や姑など特定の誰かから押しつけられているということではなく、それは世間の空気のようなものだ。

 しかし「きちんと料理」はいまの時代に、とても困難である。そもそもみんな忙しい。給与水準が下がり、男女ともに働くというのが当たり前になった。コスト削減で人手は減っていて、みんなが業務に追われている。精神的な余裕もない。その一方で、健康的な食生活をしたいという願望は、以前よりずっと強くなっている。

 日本も高度経済成長のころまでは街はゴミだらけで、鉄道で整列乗車もせず我がちに乗り込んでいた、という毎日新聞の記事(「良き伝統」の正体)がここ数日、インターネット上などで大きな話題になった。これは家庭料理も似たようなものである。たとえば1966年の大手日用品メーカーのテレビCMには、食器を洗うための中性洗剤でりんごやレモン、きゅうりなどの野菜果物を洗っているシーンが出てくる。いま見るとギョッとするが、当時はそれが「ハイテクで最先端」な感じに映ったのだろう。同じ時期の食品メーカーのCMでは、うま味調味料を食卓の料理にドバドバかけている映像が使われている。古くさい昆布やかつおの出汁よりも、化学の力で味を加える方がカッコ良かったのだろう。

 そういえばインスタントラーメンや、レトルトパウチに入ったカレーも、当時はとてもハイテクなイメージだった。食品添加物もあたりまえで、ウィンナーといえば真っ赤な色に着色されている商品がごく普通だったのだ。しかし1970年代に入るころから公害や環境問題がクローズアップされるようになり、「食の安全」を求める運動が本格的に高まってくる。こうした消費者運動の取り組みは大きな成果をあげ、食の安全は前進した。

ゼロリスクの発想が無駄を生む

 しかし一方で、あまりにも安全を求めるあまりに、やり過ぎになってしまった面も否定できない。つまり食にゼロリスクが求められるようになってしまっている。

 最近よく話題になる「異物混入事件」などが典型的だ。生命への危険の可能性が高い異物などならともかく、小さなゴキブリが1匹入っていた程度で全量回収といった事態になってしまうのは少し残念だ。また、先ほども書いたようにかつては「未来的でハイテク」だと思われていた合成された食材や調味料を、過剰に拒否するというのもゼロリスクの発想である。

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 2
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任務戦闘艦を進水 
  • 3
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元に現れた「1羽の野鳥」が取った「まさかの行動」にSNS涙
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 9
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 10
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story