コラム

お金はただあってもつまらない

2015年11月27日(金)19時12分

入るほうは決まっていても、出るほうは丁寧な暮らしで抑制できる VladSt-iStock

 以前、ある成功した企業経営者に、「お金持ちになるってどんな感覚でしょうか?」と問いかけてみたことがある。返答は予想していたよりも、ずっと素っ気ないものだった。彼はこう答えたのだ。「そうですね...部屋の暖房のみたいなものかな」

 寒い部屋で暮らしていると、だれもが暖房(お金)に憧れる。それが人生の目的になる。「暖かい部屋に住めたら、どんなに素晴らしいだろう」と。しかし実際に暖房のある暮らしを手に入れると、感動はたいして長くは続かない。暖房のあることがごく当たり前になってしまい、ありがたみはすぐに薄れてしまうのだ。もちろん、再び転落して暖房が手に入らなくなれば、きっとその瞬間に暖房のありがたみをまたも思い知らされことになるだろう。

 高層ビルの上階にある社長室で、経営者はこう付け加えた。「成功したら、高層ビルに立派なオフィスを構えて東京の景色を見下ろしてみたい。そう思ってたんだけど、いざ入居してみると高層ビルからの景色なんてすぐ飽きちゃうんだよね」。そうして彼が見やった大きな窓は、西日を避けるためにブラインドが下りたままになっていた。

 お金とは、私たちにとって結局は何なのだろうか?お金は必要だが、それだけで幸せになれるわけではない。お金がなくても幸せな人もいるが、お金がなくて不幸になっている人ももちろんいる。そのバランスのとり具合が、なかなかわからない。

年収300万円でも高級フレンチに行ける

 私が主宰しているコミュニティ「LIFE MAKERS」の取材で、千葉のいすみ市を訪れたことがある。NPOグリーンズ代表の鈴木菜央さんに会ってインタビュー取材するのが目的だった。彼は自然の豊かな場所の広い敷地に、小さな家を建てて家族で住んでいる。こういう住まいのあり方は最近「タイニーハウスムーブメント」と呼ばれて注目を集めているが、その件について聞いているうちに、お金の話になった。

 私が「リーマンショックの前ぐらいまでは『高級フレンチに行きたい』などというような背伸び消費もあったけれど、最近は自分の身丈に合った生活を志向する人が多いですよね」と話すと、菜央さんは『でも、年収300万円だって高級フレンチに行きますよ」という。

 どういうことか。世間では年収1000万円というと高収入のお金持ちとみられることが多い。しかし年収1000万円の会社員で妻が専業主夫、子供が私立学校に通っていたりすると、1000万円ではけっこうたいへんだ。おまけにこの年収クラスになると、多少は見栄をはった生活をしたくなるから、かなりギリギリの家計を強いられることが多い。一方で、年収300万円であっても、生活をミニマルにして余計な出費を落としていき、生活コストを100万円に下げてしまえば、可処分所得は200万円あることになる。だったらその200万円で、ときには食文化の新たな体験をしてみるために高級フレンチだって行けばいい。

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 4
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 8
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 9
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story