コラム

暴動をしても自殺をしてもシステムの外へは逃れられない

2015年09月10日(木)18時58分

捕らわれた男 映画『コズモポリス』で若い富豪役を演じたロバート・パティンソン Keith Bedford-REUTERS

 アメリカでもっとも権威のある文学賞として、全米図書賞というのがある。このアワードを運営している全米図書協会は、各分野への図書賞以外に、長年にわたってアメリカ文学に特筆すべき貢献を行った作家らに対して記念のメダルも毎年贈呈している。これまでにとスティーブン・キングやノーマン・メイラー、トム・ウルフ、ジョン・アップダイク、エルモア・レナードといった日本でも知られた大物作家が受賞しているのだが、今年はこのメダル受賞者にドン・デリーロが加わった。

 ドン・デリーロはかつて、1985年に「ホワイト・ノイズ」という作品で全米図書賞をしている。もう78歳になるというからかなり高齢だが、しかし最近も彼の現代社会を捉える認識の方法、その先の未来社会を見とおす視点は途方もなく鋭く、圧倒させられる。

 2003年にドン・デリーロが発表した「コズモポリス」という小説がある。2012年になって、デヴィッド・クローネンバーグ監督が映画化したので覚えている人もいるだろう。

 主人公は若い富豪で、リムジンの後部座席に乗ってニューヨークの街を移動しながら、金融取引で莫大な富を作り出している。世界は、一見して破滅に向かいつつあるように見える。主人公は、日本円の暴落に期待して空売りを仕掛ける。しかし期待に反して円は上がり続け、主人公は瞬く間に富を失っていく。「俺は今日、トン単位で金をすってるんだ。何百万ドルとな。日本円が下がる方に賭けたんだよ」

 ちなみに9年後に映画化された際には、この設定が人民元に変えられている。クローネンバーグ監督は制作ノートで、セリフも物語も原作をほとんど変えず、「現代に即したものにするために、物語を変える必要はほとんどなかった。唯一の違いは、円の代わりに人民元を使ったことぐらいだ」と語っている。9年の間に日本の立場と中国の立場がずいぶんと変化したことを実感させられる。

 街中ではデモが繰り広げられ、暴動へと波及し、混乱が広がっていく。すべてが崩壊しつつあるように見える。しかしそれは、実は幻想なのだ。世界は安泰で、システムは健全に運営されている。

 主人公と部下の女性は、車中から分厚い窓ガラスを通して外の暴動を見る。暴徒たちはリムジンを揺さぶり、車載テレビでは催涙ガスを浴びた人たちの顔がクローズアップされている。2人は話す。

「資本主義が何を生み出すか知ってるわよね。マルクスとエンゲルスによれば」
「自らの墓掘人を生み出す」
「でも、彼らは墓掘人ではないわ。これは自由市場そのものよ。こうした人々は市場が生み出した幻想なの。彼らは市場の外には存在しないのよ。外部には彼らの行き場などない。外部などないのよ」

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中立金利は推計に幅、政策金利の到達点に「若干の不確

ワールド

米下院補選で共和との差縮小、中間選挙へ勢いづく民主

ビジネス

米ロッキード、アラバマ州に極超音速兵器施設を新設

ワールド

中国経済は苦戦、「領土拡大」より国民生活に注力すべ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story