コラム

暴動をしても自殺をしてもシステムの外へは逃れられない

2015年09月10日(木)18時58分

 そして女性部下はこう付け加えるのだ。「市場文化というのは総合的なものだわ。それはこういう男女をも生み出しているの。彼らはシステムにとって必要なのよ。彼らが軽蔑するシステムにとって。彼らはエネルギーと定義を与える。市場に動かされているの。世界市場で取り引きされているのよ。だから彼らは存在しているの。システムを活気づけ、永続させるために」

 つまり暴動は、システムを保つためにあらかじめ約束されていたということなのだ。ここには暴徒とシステムの間の共犯関係がある。暴徒は自分の怒りを吐き出すために暴れ、システムはその怒りを受けとめることで、社会の活気やエネルギーのようなものへと転化する。それこそがシステムを成立させ社会を駆動するエンジンになっている。

 そしてこの関係性からは、誰も脱出できない。なぜならシステムはこの世界そのものであり、世界の外には出られないのと同じように、システムからは脱出できないからである。どんなに抗議行動を行っても、すべてはシステムの中であらかじめ予測されていた範囲に収まってしまう。

 主人公はこのシステムから脱出するために、みずから破滅して死ねばいいと考える。そして自殺をほのめかすのだが、しかし女性の部下は、焼身自殺でさえもベトナム戦争で僧侶たちがやったことの「盗用」にすぎず、独創的ではないと反論する。英雄的な自殺でさえも、システムの市場の中に取り込まれてしまうということなのだ。

 そのとき、何者かが主人公を襲撃しようとしている計画があると警備主任から打ち明けられ、主人公は驚喜する。それによってこのシステムから脱出し、「生きるという仕事」を始められるかもしれない、と考えたのだ。

 その先の結末は小説を読んでいただければと思うが、この「コスモポリス」はこれからの世界のシステムのありようを見事に浮かび上がらせている。われわれはシステムの一部であり、システムはわれわれによって作られる。システムとわれわれは時に敵対し、時に同調するように見えるが、しかしシステムを壊すことはできない。なぜならわれわれがこの社会の中で繰り広げるさまざまな相互作用そのものが、システム=社会であるからだ。

 社会は人々を圧迫する敵ではなく、社会はわれわれ自身なのである。

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.3万件減の22万400

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ビジネス

米11月CPI、前年比2.7%上昇 セールで伸び鈍

ワールド

米、台湾への武器売却を承認 ハイマースなど過去最大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 7
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 10
    欧米諸国とは全く様相が異なる、日本・韓国の男女別…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story