コラム

パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

2024年05月01日(水)12時00分
パレスチナ支持の学生らが選挙したコロンビア大学の建物

パレスチナ支持の学生らが占拠したコロンビア大学の建物 Mary Altaffer/Pool/REUTERS

<学生たちの世代は「9.11テロの呪縛」からは自由で、一方の政治家は今回の事態を政治利用している>

アメリカの大学におけるパレスチナ支持の学生運動は、さらに拡大し続けています。コロンビア大学に始まり、NYU(ニューヨーク大学)、イエール大学、MIT、ハーバード大学、UPenn(ペンシルベニア大学)など、東北部でまず激しくなりました。これに続いて、西海岸ではUSC(南カリフォルニア大学)やスタンフォード大学でも「テント村」が出現。これを排除するために警察が導入されて逮捕者が出ました。

私の住むニュージャージー州でも、プリンストン大学で校舎占拠が発生し、ポスドク、院生、学部生12名が逮捕。また州立のラトガース大学でもテント村が出現しています。これからは、各大学でどの程度の逮捕者が出るか、また5月に多く行われる各校の卒業式が実施できるかが焦点になっています。既にUSCでは卒業式がキャンセルされました。


 

運動の起点になったコロンビア大の場合は、テント村参加者は停学中で、キャンパスは立入禁止(ロックアウト)中です。これを受けて、学生たちはさらに行動をエスカレートさせて一部校舎を占拠し、大学は占拠者に対して退学処分を通告しました。

今回の学生運動とその取り締まりですが、ベトナム反戦運動やウォール街「占拠デモ」など過去のアメリカにおける、若者の政治活動と比較すると、大学当局や警察の姿勢がかなり強硬という印象があります。一方で、そうした強硬姿勢への反発も強く、相互に対立が激化している面があります。

その背景には大きく2つの要因があると考えられます。

パレスチナの武装闘争のことは知らない世代

1つは、世代感覚のズレという問題です。現在の大学生、つまり18~22歳というのは、2001年の「9.11テロ」以降に生まれています。そして、物心がつく頃にはブッシュ政権がイラク戦争の失敗で批判されており、オバマ政権からトランプ政権の時代に10代を過ごしています。

ですから、全米がテロの脅威を感じた時期の空気感は知りません。反対に、イラク戦争の行き詰まり、アフガン戦争の泥沼化と撤兵といった時代の空気を吸って成長した世代です。まして、パレスチナが多くの国に承認される前に、PLOやPFLPなどが武闘路線を取っていた時代のことは全く知りません。

学生たちは、今回のイスラエルによるガザ攻撃で多くの民間人犠牲者が出ている事態の中で、パレスチナ側を被害者として連帯を表明しています。そのシンボルとして、学生たちは黒、白、緑の三色に赤の三角を入れたパレスチナ国旗を掲げ、そして白黒のバンダナを身につけることには何の抵抗感もないようです。

そのことは、アメリカ社会が「9.11テロの呪縛」から自由になったとも言えます。ですが、イスラエル支持の各家庭では、親の世代が「あれではテロリストに連帯しているようなもの」だとして激しく抗議をしています。金融機関などユダヤ系の大企業も、そうした学生運動を制圧できない大学には寄付を止めるとしています。

これに対して、学生側は「大学の基金がユダヤ系の金融機関で運用されている」ことへの激しい抗議を始めました。つまり、ガザでの民間人犠牲に加担しているユダヤ系金融機関や、軍産複合体とは大学は「縁を切るべき」であり、そのための情報開示を強く要求するというのです。そこには、リーマン・ショック以来の若者世代による「ウォール街不信」のトレンドが投影されているとも言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、メキシコの麻薬組織メンバー5人を起訴 制裁も発

ビジネス

中国不動産投資、1─7月は前年比12%減

ワールド

パナマ運河庁、競争入札視野に企業と協議へ 2港増設

ビジネス

金融政策手法は「日銀が判断」、米長官発言に言及せず
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化してしまった女性「衝撃の写真」にSNS爆笑「伝説級の事故」
  • 4
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 5
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 7
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 8
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 3
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story