コラム

なぜ日本では首相が「使い捨て」されるのか?

2022年12月21日(水)15時15分

いやいや、政治家は選挙のたびに演説を数多く重ねてきているので、パブリックスピーチはプロだろう、そんな声も聞こえてきそうです。ですが、選挙の演説はあくまで支持者が対象ですから、保守派の政治家は保守的な支持者を喜ばせるようなスピーチをすればいいので、全く次元が違います。

特に今回の増税案の発表などは、国民に負担を要求するという内容であり、利害が相反する中で理解を求めるという難しいタスクです。選挙演説とは次元が全く異なります。

岸田首相もそうですが、よく国会答弁で「官僚の作文」を答弁として棒読みするという例があります。有権者の心には全く届かないし、むしろ反感さえ買うのは分かっていても、その内容について「自分には専門知識がないので、AがBなので結論はCだという流れを、自分の言葉で組み立て直すような能力も時間もない」という場合は、結局棒読みしかできないわけです。

これでは、首相が国家のリーダーとして、求心力を持つことは難しいとしか言いようがありません。総理総裁への道は、自由民主党という閉鎖的な組織の中にあるより閉鎖的な派閥の中で、密室協議を勝ち抜くしかなく、そこで勝ち抜くスキルは首相として成功するには全く役に立たないのです。つまり、一人一人の首相の資質の模題ではなく、制度の問題だということが言えます。

2つのことを考えてみる時期ではないでしょうか。

1つは、何らかの予備選挙をきちんと導入することです。アメリカの予備選は、例えばトランプのような「怪物」を生み出してしまうポピュリズムの温床になる危険性はあるものの、やはり世論や反対意見によって鍛えられた政治家だけが本選に進むという意味では、良い制度だと思うのです。

もう1つは、国会議員ではなく地方の首長経験者が国政に参画する道を作るということです。アメリカでは、州知事として実績を残した人が大統領になる例が多いのですが、ミニ国家の経営経験というよりは、州知事として州民との対話によってコミュニケーションスキルを鍛えられるという面が大きいのだと思います。

いずれにしても、首相が次々に「使い捨て」されるというのは、決して良いことではありません。制度の問題として、対策を考える時期に来ていると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story