コラム

北方領土が「第二次大戦でロシア領になった」というロシアの主張は大間違い

2019年01月17日(木)19時00分

プーチンはあくまで外交交渉のカードとして主張しているだけなのか Alexei Druzhinin/Sputnik/REUTERS 

<日ロ交渉でロシアは、第二次大戦の結果として北方領土がロシア領になったと認めさせたいようだが、その理屈には根拠がない>

領土問題の前進と、平和条約締結を目指した日本とロシアの交渉において、歴史認識の問題があらためて取り上げられています。ロシアが「第二次大戦の結果として南千島はロシアのものになった」ということを「日本に同意させたい」と躍起になっているからです。

この点については、毅然として反論すべきです。何故ならば、このロシアの論法は二重三重に間違っているからです。

まず、日本は第二次大戦を戦いました。これは動かし難い事実です。ですが、ロシアは違います。第二次大戦を戦ったのはソビエト社会主義共和国連邦でした。マルクス・レーニン主義を口実とした独裁政権であり、民主主義を否定するということから、現在のロシア連邦共和国とは似ても似つかぬ別の国でした。

もちろん、ソ連の崩壊に伴って、昔のソ連を構成していたロシア共和国が現在のロシアに変わっているわけですし、領土や住民については継続性があります。ですが、国のかたちとしては全く別です。確かに最近のロシアは、ソ連時代の国歌を採用したり(歌詞は変わっていますが)、昔アメリカと冷戦を戦ったソ連時代へのノスタルジーを感じる動きがあるのは事実です。

ですが、ロシアとソ連は別の国です。特に日本との関係ということであれば、ロシアは親日国家ですが、ソ連は冷戦のために日本とは軍事的に敵対していたわけですから全く別です。ですから、ソ連が第二次大戦で大きな被害を受けたからと言って、その代償として北方領土を占領したということまで、現在のロシアがそのまま継承する筋合いはないのです。

仮に百歩譲って、ロシアが第二次大戦におけるソビエト連邦の被害と、その代償を要求する権利を有しているとしても、そもそも第二次大戦を通じて日本とソ連は戦火を交えてはいません。日ソ間には日ソ中立条約があり、独ソ戦が始まってからも、日独の同盟関係から日本がソ連と交戦するということはありませんでした。

それどころか、1945年の戦争末期には日本政府の一部はソ連の仲介による連合国との和平ができないか、真剣に交渉をしていたぐらいです。もちろん、その一方でスターリンのソ連は、ヤルタ協定などで対日宣戦を他の連合国に根回ししていたわけですが、その事実は日本としては認識していませんでした。

この点については、北欧で諜報活動をしていた小野寺信(まこと)陸軍少将が独自の情報網で察知して東京に警告を送っていたのですが、東京の政府は「ソ連の仲介による和平」に賭けてしまっていて、小野寺情報を無視してしまったというミスはありました。ですが、少なくとも日ソ中立条約について、一方の当事者である日本は1946年まで有効と信じていたという事実は重たいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRBが3会合連続で0.25%利下げ、反対3票 緩

ビジネス

FRBに十分な利下げ余地、追加措置必要の可能性も=

ビジネス

米雇用コスト、第3四半期は前期比0.8%上昇 予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story