コラム

水道民営化、アメリカでは実際に何が起きたか

2018年07月26日(木)16時40分

維持コストのすべてが民間の経済合理性でまかなわれるのが民営化 Toa55/iStock.

<日本の水道民営化議論は、地方自治体が設備維持コストに耐えられないという状況から出てきたが、先行したアメリカの例を見れば、経済合理性のなかで維持コストが利用者に転嫁されることは明らか>

水道の民営化という議論が進んでいます。この民営化を含む「水道法改正案」がすでに2017年に立案され、2018年7月22日に閉会した国会でも審議されました。この国会では成立しなかったのですが、秋の臨時国会で再び審議される見通しだと言われています。

アメリカはこの水道民営化が世界でも先行した地域です。17~18世紀の開拓時代には、それぞれの入植地や市町村が水道を建設していたのですが、19世紀の後半から民営化の動きが進んだからです。

同時に広域化も進みましたが、そんな中から全米最大の「民営水道会社」であるアメリカン・ウォーター(AW)が出てきました。AWは水道と電気供給の企業として1880年代に設立され、その後1947年に水道専業に改組、現在は全米50州のうち46州に加えて、カナダのオンタリオ州でもビジネスを展開しています。

アメリカで水道民営化が進んだ事情は特殊です。広大な国土に、分散した形で入植が始まった経緯があり、バラバラに水道が建設されたのですが、個々の経営は零細でした。ですから入植後100年以上が経過して、設備の更新を進める必要が生まれたときには、市町村には負担が重かったのです。

一方で、アメリカの市町村というのは完全独立採算制で収支の透明性が要求されるため、納税者の意識は高かったのです。そこで、「民営化による広域化」か「個々の市町村による公営事業として設備投資の継続」かというと、後者はムリであって、必然的に民営化による広域化が選択されていったのでした。

もちろん大都市など規模の大きい自治体では公営も残りました。また、民営化されたとはいえ、水道というのは文字通りのライフラインですから州や市町村は水質管理や安定供給に関する監督権は有しており、とりあえず100年以上の民営化の歴史において水道供給の大破綻という事態は起きていません。

例えば、2014年にミシガン州のフリントで水道水の鉛汚染が問題になりました。これは自動車産業が繁栄していた時代の延長で「公共水道」のまま運営してきた一方で、周辺都市が準民営化に走った中で取り残されたための問題と言えます。仮の話ですが、もっと経済が回っていた時代に民営化していたら、万事うまく行っていたに違いありません。(ちなみに、このフリントの問題はまだ解決していません)

では、アメリカで水道民営化は成功しているのかというと、そう簡単な話ではありません。実際に民営化水道を経験してみると、企業によって様々な問題があることがわかります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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