コラム

トランプのエルサレム首都認定は国内向け政策

2017年12月19日(火)15時30分

では、トランプ大統領は本当に親ユダヤ系なのかというと、そこには疑問が残ります。例えばですが、今年の秋には年の瀬に向かって「もっと堂々とメリー・クリスマスと言おう」ということを、大統領は何度も言っていました。

アメリカでは、20世紀後半に「クリスマスを祝わない」ユダヤ教徒の存在を認める行動として「明らかにキリスト教徒と分かる場合」を除いては「メリー・クリスマス」とは言わないし、年末のグリーティング・カードも相手の宗教がわからないとか、ビジネスライクな関係の場合は「シーズンズ・グリーティング(季節のご挨拶)」とするようになっています。

大統領は、「そのような配慮はポリコレ(政治的正当性)だからブッ飛ばせ」ということのようですが、こうした言動を平気でやるところは、ユダヤ系への本物の親近感は持っていないと言われてもおかしくないと思います。

その一方で、今回の「エルサレムの首都認定」という宣言を受けて、パレスチナなどでは反発が広がっており、実際にイスラエルとの間で暴力的な衝突が発生する事態になっています。

例えばパレスチナの中では、西岸地区を拠点とするファタハと、ガザ地区を拠点とするハマスが主導権を争う中で、両者が和解する動きが10月にはありました。仮に、政治的基盤が強いハマスが、テロ戦術を放棄してファタハとの連携を強めて行けば、懸案の中東和平もロードマップの先に見えてくるかもしれなかったわけですが、今回の「首都認定」への反発から、和平は一気に遠のいたと見ることができます。

エルサレムの中でイスラエルとイスラム教徒の間で係争になっているのは「神殿の丘」ですが、その管理を行なっているのは、パレスチナではなくヨルダン政府です。そして、今回の事件は、国王のアブドラ2世以下、親米国家として地域の安定に腐心してきたヨルダンの立場を難しくすることにもなると思われます。

こうした情勢のもとで、以前から予定されていたペンス副大統領の中東歴訪は中止(1月後半以降に延期)されました。ですが、これも「孤立主義」の傾向の強いトランプ支持派には痛手でも何でもありません。

ということで、国際社会から見れば、今回の「アメリカによるエルサレムの首都認定」は暴挙に違いないのですが、アメリカの国内的にはトランプ政権の政治的求心力を後押ししている格好になっているのです。

国連で孤立しようが、その裏に「ユダヤ系への距離感」が見え隠れしようが、まったくお構いなしという感覚がそこにはあります。自分たちの言動のために、中東での危機が深化する動きも出てきているのに、それをまったく気にしていないばかりか、国内の「内向きな政治事情」からは歓迎されているという状況もあるわけで、極めて懸念すべき事態です。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

〔ロイターネクスト〕気候とエネルギー、なお長期投資

ワールド

ミャンマーのアヘン栽培、過去10年で最大 世界最大

ビジネス

国際会計基準審議会、銀行リスク評価の新モデル巡り協

ワールド

子どもの死亡数、今年増加へ 援助削減が影響=ゲイツ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story