コラム

日米そっくりの税制改正ターゲット、狙いは大都市の高所得者層

2017年12月05日(火)14時20分

日本の税調案の場合は、給与所得者つまり会社員がターゲットになっています。会社員の場合は、スーツ代やクリーニング代など「勤務に必要な経費」を課税対象から「個別に差し引く」ことはしない代わりに「給与所得控除」というものが決められています。これを一律に差し引くことになっているのですが、その額を減らそうというのです。但し、年収800万円までは、差し引く額は「基礎控除アップ」の金額と同じに設定して「差し引きゼロ」とするそうです。

問題は、年収800万円よりも多い会社員の場合で、こちらは「給与所得控除」が減額になることでドンドン増税になって行く計算です。年収900万円で年税額が3万円の増税、1000万円の年収の場合は、6万円の増税という報道もあります。当初は、年収500万円以上で増税という案だったようですが、反対を恐れて800万以上ということになったようです。そんな経緯もアメリカとソックリです。

こうした税制改正は、堂々と公約として掲げられて選挙による民意の洗礼を受けたのかというと、違います。トランプ大統領は、減税を公約していましたが、不動産価格の高い地域に住む人には不利になるような改正のことは、全く何も言っていませんでした。日本の場合は、10月の総選挙でこの改正が争点になることはなかったどころか、総選挙の終わった翌日に「税調案」が出ています。

さらに言えば、政治的な効果の計算ということでもソックリです。

トランプ政権の場合は、2016年の大統領選挙ではニューヨーク、ニュージャージー、カリフォルニアの各州ではヒラリー・クリントンが勝利しています。それどころか、知事も、各州2人の上院議員も全て民主党です。こうした投票行動に対する「報復」として「増税」を行なった、そう見ることが可能です。また自分を支持してくれた中西部や南部の「保守州」では、基本的にほとんどの納税者に対して「大盤振る舞いの減税」になるわけです。

日本の場合も、高収入の給与所得者というのは、大都市に集中しています。そして、その大都市圏では立憲民主党や、維新の会、希望の党といった都市型政党に票が流れ、自民党は思うように集票できていません。知事も、地方議会も野党に取られています。

しかし地方の票、特に個人商店や農業など、自営業の場合は、今回の税調案では、全員一律の減税が適用になります。連立を組む公明党の支持基盤は都市に多いわけですが、自営業者が比較的多く減税の恩恵が受けられます。つまり、選挙で自公連立に投票した人には減税、野党の地盤に対しては増税というターゲット設定がされている、そう見ることも可能です。

この日米の減税・増税案のアプローチと、政治的意味合いが似通っているというのは、単なる偶然かもしれません。ですが、少なくとも税制という重要な問題について、しっかりと争点化して代案を示しておくということを、野党側ができていなかった、そのために選挙後に抜き打ち的に政治的な増税・減税の動きを許してしまったという政治的な「敵失」のあり方については、共通の要素がありそうです。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story