コラム

共謀罪法案、国会論戦で進まない対象犯罪の精査

2017年06月08日(木)15時40分

もう一つは、背任です。企業が儲かっていないのに利益が出ているように見せかけて配当するとか、企業の利益に反するような金銭の横流しをするというような犯罪ですが、確かに架空の怪しい会社を作って、そこから配当させて資金洗浄を行うというような犯罪はあるかもしれません。

ですが、本当に国際犯罪組織が「悪事で得た汚いカネ」を、日本の会社の売上に見せかける細工をして、その配当ということにして「ロンダリング」をしたとして、通常は、実際のカネの流れを見て捕まえることになるわけです。

仮に、そうした「資金洗浄」が起きる前に予防したいのであれば、汚いカネを発生させた犯罪なり、その汚いカネが流れ込んだ時点で捕まえればいいはずです。また資金洗浄目的で設立された会社が怪しければ、その会社に絡んだ情報のやり取りや、人の出入りなどから追い詰めることはできるはずです。

そうではなくて「背任」つまり「その会社の利益に反する行為」に絞って、しかもそのような会計処理をすることの「謀議」を取り締まるということは、資金洗浄事犯の捜査において、必要な「切り札」とはどうしても思えません。そもそも、会社の設立目的が違法な資金洗浄であるのなら、「その会社の利益になる」のが善で、その会社の利益を損なうのが悪だという「背任」という考え方からアプローチするのは、その会社や関係者の違法性を追及する方法として「回りくどい」と思います。

【参考記事】実はアメリカとそっくりな「森友学園」問題の背景

企業会計の考え方に立てば、100万円なら100万円をある時点で動かしたとして、それが違法な配当になるのかどうかは、決算をしてみないと分からないわけで、その謀議に違法性を見出すというのは、何とも曖昧な話だと思います。

この条項も、むしろ濫用が心配です。例えば企業の中で「会社が倒産しないために会計士と様々な対策を相談した」とか、「経営者が役員と決算の方針について相談した」という過程で、「後から考えれば背任になりそうな」発言などを、何者かが警察に密告して逮捕させる、というような使われ方をされる可能性があります。

テロの取り締まりではなく、企業内の派閥抗争に関係した密告が横行したり、気に入らない出版物を出している企業への圧力をかけたりと、悪用しようと思えばいくらでも悪用できるように思えます。権力に悪意がなくても、悪意の密告が増えれば検察も裁判所もムダな仕事が増えるだけです。百害あって一利なしとも言えるでしょう。

この2つの例は「山でキノコを勝手に取る共謀が罪で、どうして海で密漁する共謀が罪はないのか」などというような事例よりも、ずっと深刻な話だと思います。国会での論戦で、こうした実務的な懸念についてしっかり検討して、277という対象犯罪をもっと絞り込むべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノルウェー、EV課税拡大を計画 米テスラ大衆向けモ

ビジネス

アングル:関西の電鉄・建設株が急伸、自民と協議入り

ビジネス

EUとスペイン、トランプ氏の関税警告を一蹴 防衛費

ビジネス

英、ロシア2大石油会社に制裁 「影の船団」標的
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇跡の成長をもたらしたフレキシキュリティーとは
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story