コラム

コピペがゼロで、100%オリジナルな学術論文は許されないという理由

2014年04月15日(火)12時08分

 また、地の文に取り込むスタイルで書いたが、まとめて行くうちに「出典データ」が錯綜してきて、どこかが何の引用なのか分からなくなってしまった。結果的に出典を表示しないままに引用している部分が残ってしまった、などというケースもあるでしょう。

 研究者の実力とは関係ない世界で、「どうしても雑誌の締め切りに間に合わせたい」とか「学位論文の締め切りに間に合わせたい」というような「時間との戦い」を行っている際には、特にこうした「事故」は起こりがちであると考えられます。

 どちらもルール違反であるのは間違いありません。ですから、減点など何らかのペナルティを受けることは仕方がないでしょう。ですが、先行研究のレビューを行わず、100%自分の独創だと称して、100%自分で勝手なことを書いたとしたら、これは減点とか不合格だとかいう以前の問題であり、そもそも学術論文ではないのです。

 そうしたものと比較するならば、コピペが多用された論文であっても、そのコピペが「必要な先行研究の紹介」であるならば、そして出典が明記されていれば、全く問題はないどころか、それは学術論文には必要なことです。

 例えば、東大教養学部長の石井洋二郎教授は、この点に関して「学術論文におけるコピー・アンド・ペーストの問題がクローズアップされている。厄介なのは無意識のコピー・アンド・ペーストが目に見えない形で私たちの思考を侵食していることではないか」というようなことを、同大学の入学式で述べたそうです。

 この言い方はおかしいと思います。真剣な研究者であれば、先行研究の中の主要な論文は、それこそ「思考を侵食する」ぐらい頭に入っていて、その上で研究を先に進めようと考えているはずです。「何にも侵食されない」で、オリジナルの独創ばかりを考えているのであれば、それが小説や詩であれば結構なことかもしれませんが、学術論文としては落第です。

 学問というのは、過去の蓄積をまず学び、そこに新しい試みが重ねられていくことで積み上がっていくものなのです。学術論文というものは、その積み重ねが表現されていなくてはなりません。そうではなくて、100%独創であればいいというイメージが広がるのであれば、それは大変な間違いであると言わざるを得ません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、月内の対インド通商交渉をキャンセル=関係筋

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部への住民移動を準備中 避難設

ビジネス

ジャクソンホールでのFRB議長講演が焦点=今週の米

ワールド

北部戦線の一部でロシア軍押し戻す=ウクライナ軍
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 5
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 6
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 9
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story