コラム

「安倍靖国参拝」、アメリカの許容範囲はどこまでか?

2014年01月09日(木)12時59分

 3つ目は、世界においてGDPのランキングでは第3位という日本は、貿易ならびに金融のパートナーとして非常に重要だということがあります。いくら中国が台頭したとはいえ、経済の内容自体が高度で、しかも透明性の高い中での大規模な市場、さらには投資元・投資先としての日本経済の存在はアメリカにとって重要です。

 4つ目は、何と言ってもアメリカ人の日本観においては「好感度が安定」しているということがあります。ケネディ大使がJ-POPを楽しんだり、北海道の自然に感心したりというのは、彼女が「特別な親日家」だということもありますが、日本という国がアメリカにとって「親しみのある外国」として極めて近い存在だということの象徴だと考えられます。

 5つ目は、安倍首相に代表される「保守イデオロギー」が、日本では必ずしも多数派ではないということをアメリカが良く知っているということがあります。日本のポップカルチャーにしても、経済活動にしても、環境問題への姿勢や戦争と平和の問題などで、日本からはどちらかと言えば「アメリカ人の理解できるリベラルな価値観」に属するメッセージが発信されることが多い訳です。日本というのはそうした「多様性」の確保された社会だということと同時に、「積極的なナショナリズムというのは少数派」だということが知られているのだと思います。

 6つ目としては、アメリカ人にとっては自分の身の回りにいる日本人がきわめて礼儀正しく、アメリカ社会に対して礼節を尽くしているという経験があるわけです。特に、戦後の日系人がアメリカ社会で模範的な立場を貫いたこと、米国進出をした日本企業が徹底して「非政治的」な姿勢を貫いてアメリカの「地元への貢献」を続けたことで蓄積された信用というのは絶大なものがあると思います。

 ちなみに、今回の「参拝」という事件によって、安倍首相個人に対して「価値観を共有している友人」という感覚は大きく損なわれたのは間違いないでしょう。年末にこの欄で申し上げたように、ここ数年、ルース前大使やケネディ大使の行動などから、漠然と期待感の出て来た「オバマ大統領の広島・長崎への献花」という問題は、安倍内閣の続く限り難しくなったと見ることができます。

 また、上記の6つの条件の中で「許容されている」とはいえ、今回の行動は「許容範囲の限界」により接近する行動だったということは言えます。言い換えれば、日本が蓄積してきた信用を「消費」したわけです。では、その「限界」が来るのはいつかと言えば、上記の6つの指摘の中の2番目を除いた5つの点において、「逆」のトレンドが顕著になった時だと考えられます。

 要するに、日米同盟の軍事上のメリットが小さくなり、日本経済の存在感が低下し、日本のカルチャーへの興味が薄れ、その一方、日本で保守イデオロギーが多数派となり、アメリカ人の身近で日本人の利己的な行動が目につくようになる、そうした事態です。そこが「限界」ということになります。その一線が越えられることとなれば「日米関係」は激しく動揺することになるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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