コラム

2016年大統領選で「ヒラリー大統領」は誕生するか?

2013年09月24日(火)12時20分

 今はまだ2013年で、前回の大統領選が終わって1年も経っていません。次回の選挙は2016年11月で、まだ丸々3年以上の時間があります。その前に2014年の中間選挙を経ないと、本格的な2016年への「政治の季節」は始まらないとも言えます。

 ですが、そうは言っても政治の世界では3年というのはアッという間です。その「3年後」へ向けての政局談義をするならば、今現在の「話題の中心」はやはりヒラリー・クリントンでしょう。「次はヒラリー」という漠然とした待望論は、民主党支持者の間には強いからです。

 例えば、予備選序盤のカギを握るニューハンプシャー州では、既に何度も「次回大統領選の候補」に関する世論調査が行われています。その調査では、民主党の候補の中でのヒラリーの支持率は圧倒的であり、コンスタントに60%前後を維持しています。ちなみに、2位以下はバイデン現副大統領、エリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州選出の新人女性議員)、アンドリュー・クオモNY州知事といった顔ぶれとなっています。

 今年の1月に国務長官を退任して以来、沈黙を守っていたそのヒラリーですが、8月以来少しずつ公の場に姿を見せたり、インタビューに応じたり、またオバマの政策に関して自分の意見を表明したりというようにメディアに存在感を出し始めています。その、ヒラリー陣営からの発信ですが、次のような内容です。

 まず、この間の「沈黙」ですが、一期目のオバマ政権で国務長官を4年間努め、世界中を飛び回っていた激務からの「リハビリ」をしていたようです。リハビリというのは、過酷な旅程と会食が続いたためにかなり体重が増えていたのをダイエットに励んでいたということがあり、同時に夫のビル・クリントンとの「久しぶりの静かな時間」を大切にしていたということのようです。

 もう1つは、夫のビル・クリントンが主宰している「クリントン・グローバル・イニシアティブ」などのNGO活動の組織内が多少ガタガタしたということがあったようで、国務長官当時は関与が出来なかったヒラリーとしては、この間はNGOの組織改編に動いていたということもあるようです。ちなみに、このNGOそして、改めて2016年を目指す「クリントン家」の実務的な中心としては、娘のチェルシー・クリントンが非常に重要な役回りを背負うことになるようです。

 さて、ヒラリーという「政治的な存在」に対しては、現在でもライバルの共和党サイドから厳しい攻撃が続いています。1つには、国務長官時代の2012年9月にリビアのベンガジで発生した米領事館襲撃事件で大使以下の犠牲を出した問題です。今でも「警備体制が甘かった」とか「初動では反政府デモの延長での偶発的事件という甘い見方が出た」という点で、ヒラリーを追及する動きは終わってはいません。

 共和党側の攻撃ということでは、ヒラリーの「TVドラマ」問題があります。民主党サイドで盛り上がる「待望論」に便乗した形で、NBCテレビが「伝記TVミニシリーズ」を企画したのですが、これに共和党側が猛反対をしています。ヒラリー人気を後押しするようなドラマを放映するのはケシカランというのですが、よく考えるとやがて選挙の季節となれば、三大ネットワークの1つであるNBCにとっては民主党も共和党も「大口顧客」であるわけで、そうなるとNBCとしては、やはり「マズイ」ということにもなるわけです。

 現時点では、この企画に関しては一部に「引っ込みのつかない」部分があるようで完全にキャンセルされてはいませんが、相当に難しくなってきているようです。このエピソード自体が、ヒラリーの影響力と共和党の警戒感を象徴していると言えるでしょう。

 そのヒラリーは相当に有力なのでしょうか? 民主党の中ではそうだと思います。先ほどの世論調査の数字もそうですが、前回にオバマと熾烈な予備選を繰り広げた上で敗北したヒラリーに対して、「次こそはヒラリー」という思いを寄せている人は多いと思います。

 では、仮に民主党の統一候補となった場合に、本選ではどうなるでしょうか? 仮に前回のマケイン候補のように、ベテランの上院議員などが出てくれば良いのですが、共和党内の情勢は全く正反対です。共和党支持者の間で2016年に向けて「待望論」があるのは、40~50代の若手です。

 ニュージャージー州知事で「コストカッター」であるが、基本的な政策では中道のクリス・クリスティ、強烈な「小さな政府論」の延長でシリア攻撃「反対」の急先鋒であったランド・ポール(上院、ケンタッキー)、不法移民の合法化に尽力するヒスパニック系のマルコ・ルビオ(上院、フロリダ)といった顔ぶれがそうであり、おそらくこうしたグループの中で予備選が戦われることになると思います。

 仮にこうした新世代が相手ですと、これはヒラリーにとっては決して楽ではないと思います。共和党の新世代は、ヒラリーに対して「90年代から医療保険改革を主張するなど極端に大きな政府論」だったという攻撃と、「9・11からイラク戦争に至る戦争の時代の責任世代」だという攻撃を行うことが可能だからです。

 例えば、エドワード・スノーデンが暴露したNSA(米国家安全保障局)のネット盗聴、あるいは世界的に批判されている無人機でのテロリスト殺害作戦などといった問題について、「ヒラリーは責任のある側」だという攻撃がされる、そしてヒラリーは防戦に回るという展開も予想されます。更に「ビンラディンの一方的な殺害」などについても、直接の責任者だと言われるでしょう。

 とにかく、2016年という年には、アメリカの有権者は2008年の「オバマ旋風」から8年分若返っているのです。どんどん若い有権者が登場する中で、彼等はアフガンやイラクでの戦争を批判し、NSAの盗聴や無人機作戦に強い抵抗感を持っています。ヒラリーはそうした層を敵に回さない作戦が必要になります。娘のチェルシーが実質的な「選対委員長」になるという観測があるのは、それが芸能ゴシップ的に面白いということではなく、世代の問題が選挙戦のカギになるからです。

 ちなみに、日本の自民党政権にとっては共和党の新世代というのは未知数です。彼らが言うように、在外米軍基地の撤退であるとか、人権外交ではなく狭義のアメリカの国益を優先するということになれば、日米同盟は全くの再構築をしなくてはならないからです。

 その点で、ヒラリーの軍事・外交方針の方がはるかに連続性を期待できます。今週の国連総会で安倍首相は「日本は全世界の女性の人権問題に貢献する」という方針を含めた演説をするようですが、それは「右派イメージの払拭狙い」というだけでなく、「ヒラリー大統領への待望論」に「そっとエールを送る」という深謀遠慮があるのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに

ビジネス

米3月新築住宅販売、8.8%増の69万3000戸 

ビジネス

円が対ユーロで16年ぶり安値、対ドルでも介入ライン

ワールド

米国は強力な加盟国、大統領選の結果問わず=NATO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story