コラム

アルジェリアの「BPプラント人質事件」に距離を置くアメリカ

2013年01月21日(月)12時59分

 ほぼ最悪の事態となったというニュアンスの報道が続いていますが、状況はまだまだ流動的なようです。そんな中、アメリカのメディアも世論も、この事件には異様に冷静と言いますか、距離を置いています。その背景に関して、現時点での見方を箇条書きでお伝えしておこうと思います。

(1)20日のオバマ大統領の2期目の就任式、そして翌21日の大統領スピーチ、就任記念コンサートとこの日が「キング牧師誕生日」であることからの祝賀行事、これがアメリカの最大の関心事です。アルジェリアの事件に関しては、メディアも世論もどうしても距離を置きがちになっています。

(2)特にオバマ政権が冷静なのは、ここで「ジタバタ」することはできないという事情です。野党共和党の保守派には、「そもそもアラブの春を支持したのは間違い」であるとか「カダフィ打倒の際に支援した反政府運動にはテロリストが混じっていた」という問題を材料に、オバマ政権を糾弾しようという動きがあるからです。

(3)その共和党の「ターゲット」となっているのは「ベンガジ事件」です。米大使館が襲撃されて大使以下の米国人が暗殺された事件が「北アフリカでのアルカイダの活性化」の証拠であり、アメリカは断固これと対決すべきだ、オバマが「アラブの春」を支持したのは生ぬるいというのです。

(4)特に共和党は「アルカイダ」の犯行である「ベンガジ事件」のことを「ムハンマド冒涜映画に抗議した反米デモの一環」だという「危機感のない自己卑下的な」理解をしたとして、猛烈なキャンペーンを張りました。このためにスーザン・ライス国連大使は次期国務長官の目がなくなり、ヒラリー自身も非難の対象になっています。

(5)では、共和党自身は「マリのアルカイダ」との全面対決を覚悟しているのかというと、必ずしもそうではないのです。「アラブの春」を支持したオバマには批判的であり、特にリビアの反カダフィ勢力のことは疑っており、今回の事件にも強い危機感を持っているのは事実です。ですが、財政危機ということ、国民の間に厭戦気分が濃厚なことから共和党にしても「北アフリカのアルカイダ」との全面対決は望んでいないようです。

(6)共和党ですが、ロムニーで敗北した後、2016年へ向けて名前の上がる「大統領候補」としては、「軍事外交タカ派」の名前は絶無です。例えば今日現在の国民的人気の高いクリス・クリスティ知事(ニュージャージー州)も、政府の肥大化との対決や個人的なのリーダーシップ上でのキャラクターが売り物であり、軍事や外交に関してはほぼ経験はゼロという具合です。

(7)オバマ政権の場合は、立場はもっと難しいのです。例えばアルジェリアというのは、苦しい独立闘争と内戦を経て「穏健イスラム+堅実な経済成長+西側との適度な距離感+テロへの毅然とした姿勢」という「微妙な均衡」にあったわけです。これは、そのまま「エジプトのモルシ政権が当面目指してほしい方向性」と重なってきます。アルジェリアの政府が混乱するとか、アメリカがアルジェリアの内政に干渉するというのは、そのままエジプトの混乱、リビアの混乱という形で北アフリカ全体を流動化させる危険があるわけです。同じ理由で、マリへの米軍の直接的な介入にも慎重です。

(8)そうは言っても、事件の全容が明らかになればアメリカとしては動かざるを得ないでしょう。但し、仮に国防長官にチャック・ヘーゲル元下院議員(共和党)という「中東での軍事介入消極派」の就任が承認された場合は、正規軍の大規模投入ということは無さそうです。その代わりに、ブレナン新CIA長官と手を組んで「正規軍投入ではない形の隠密作戦」で色々と「対策」を講じてくる可能性はあります。

(9)1つの可能性としては、ヒラリーが健康問題を払拭し、「ベンガジ事件」での共和党の追及もかわして、徐々に「2016年へ向けての大統領候補」として存在感が出てきた場合です。その場合はヒラリーは、この「北アフリカのアルカイダ」との対決を主張して存在感を高めるような動きになるかもしれません。彼女は、オバマの忠実な部下として振る舞っていましたが、ホンネの部分では、イスラエルを冷遇し過ぎる点や、「アラブの春」支持における先見性の無さという点で、オバマの手法には完全に賛同していなかったフシがあるからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英、イスラエルとの貿易交渉一時停止 ガザ攻撃巡り大

ワールド

EUと英国、ロシアに停戦圧力 「影の船団」標的に追

ワールド

石破首相、江藤農水相を更迭する方向で調整=報道

ビジネス

米関税政策、世界金融システム・経済成長にリスク=ス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:関税の歴史学
特集:関税の歴史学
2025年5月27日号(5/20発売)

アメリカ史が語る「関税と恐慌」の連鎖反応。歴史の教訓にトランプと世界が学ぶとき

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到した理由とは?
  • 3
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国は?
  • 4
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 5
    【裏切りの結婚式前夜】ハワイにひとりで飛んだ花嫁.…
  • 6
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 7
    「空腹」こそが「未来の医療」になる時代へ...「ファ…
  • 8
    小売最大手ウォルマートの「関税値上げ」表明にトラ…
  • 9
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 10
    トランプは日本を簡単な交渉相手だと思っているが...…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」する映像が拡散
  • 4
    中ロが触手を伸ばす米領アリューシャン列島で「次の…
  • 5
    「運動音痴の夫」を笑う面白動画のはずが...映像内に…
  • 6
    コストコが「あの商品」に販売制限...消費者が殺到し…
  • 7
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「太陽光発電」を導入している国…
  • 9
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 10
    サメによる「攻撃」増加の原因は「インフルエンサー…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
  • 5
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 8
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ワニの囲いに侵入した男性...「猛攻」を受け「絶叫」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story