コラム

3分で終わる核武装論議

2012年11月16日(金)11時05分

 その昔、亡くなった自民党の政治家、中川昭一氏が2006~09年にかけて「核武装論議をタブー視するな」という発言をした頃には、ずいぶんと賛否両論が激しかったのを記憶しています。その中川氏は「最近は、非核三原則に『言わせず』を加えた非核四原則どころか、『考えてもいけない』という非核五原則だ」と強く反発していましたが、今ではこうしたタブー視に関してはかなり緩んでいるように思われます。

 今回の総選挙で、何らかの話題になりそうな「第三極」においても、石原前都知事は日本の核武装論について従来から放言を繰り返していますし、最近はこの問題に慎重な橋下大阪市長も「議論は歓迎」という立場のようです。

 漠然としたムードとしては、仮に米国が何らかの理由でアジアにおける軍事プレゼンスを軽減していった場合には、日本は「自主防衛」をすることになり、その際に中国の核攻撃能力を抑止するためには、日本は核武装の可能性を否定するわけにはいかない、というようなストーリーが1つ。これに加えて「核武装論の議論自体に反対する」勢力を「平和ボケの旧思想」だとして断罪することに興味を示す向きもあるように思われます。

 ですが、そもそも日本の核武装論というのは可能なのでしょうか?

 議論としては可能ですが、結論は3分もあれば出ると思います。要するに核武装は不可能ということです。何故でしょうか?

 それは、現在の国際連合を中心とした核不拡散体制への重大な挑戦になるからです。日本が核武装宣言をするということは、具体的にはNPT(核不拡散条約)体制、そしてこれと表裏一体であるIAEA(国際原子力機関)、更には、日本と各国の間で締結している「原子力協定」の総てから離脱することを意味します。

 NPT=IAEAに背いて核兵器保有へ進むということは何を意味するのでしょうか? 例えば、イラクのバース党政権は(冤罪でしたが)保有が疑われたために国家の滅亡に追い込まれましたし、イランと北朝鮮は現在「核開発疑惑」を理由に国際社会から経済制裁などの厳しい対応を受けているわけです。

 勿論、現在すでにNPT=IAEAにソッポを向いて独自に核武装を行なっている国は存在します。イスラエルは一切この問題では沈黙を守ることで、西側諸国は暗黙の承認に近い扱いを与えているのも事実です。またインドとパキスタンも、勝手に核武装していますが、それぞれの同盟国からは二国間関係として認められている中で、既成事実化しているわけです。

 では、日本の場合はこのイスラエルやインド、パキスタンのように「暗黙の承認」なり「既成事実化」が許される可能性はあるのでしょうか?

 ゼロだと思います。理由は3つあります。

 まず1点目ですが、日本は科学技術、とりわけ宇宙航空関係のロケット、コンピュータ制御、素材、品質管理などにおいて、世界の最先端の技術を保有しています。核の技術も最高水準です。そのほとんどは民生用ですが、これを軍事転用することは可能です。そうした技術水準においては、北朝鮮やパキスタン、イランなどは勿論、インドやイスラエルとも比較にならないほど、日本は優れています。そのような国が核武装することで世界の軍事バランスが変化するということは、国際社会から見て許されるものではありません。

 2点目としては、日本は第2次大戦を引き起こした旧枢軸国の「国体=国のかたち」を「護持」してしまっています。ドイツのように「第三帝国の崩壊、4カ国の分割統治、東西分裂での再独立、連邦共和国としての統一」という苦しみを経て「国体変革」を遂げてはいません。勿論、日本人から見れば、戦後の日本は官民挙げた努力によって「平和国家への移行」という形で「傷ついた国体の修復」を行なっているのは厳粛な事実です。ですが、仮に核武装宣言を行えば、半世紀以上にわたる平和国家への努力は完全に無効となり、国際社会からは「邪悪な枢軸国の復活」という認識をされることになります。日本人の視点から見れば不公平かもしれませんが、外交上はそのような帰結となり、外交そのものが不可能な窮地に陥ることは不可避と思われます。

 最後に、日本は「核サイクル」を目的として大量のプルトニウムを保有しています。これは、あくまで資源のない日本が将来のエネルギーとして、高速増殖炉による利用、MOX燃料の従来型軽水炉での混用(プルサーマル)のために確保しているものですが、国際社会としては重大な関心と警戒を行いながら二国間協定で「承認と監視」を続けているものです。このような国家は、核保有が「NPT体制」で認められた五大国以外には日本しかありません。プルトニウム保有をしながら核武装宣言をするということは、世界の核拡散抑止体制を根底から破壊するインパクトを持つことになります。

 この3点の理由により、日本が核武装をすることは不可能です。現状の日本が仮に核武装宣言を行うとしたら、どうなるでしょう。第1点と第2点を考慮すれば、経済制裁ということになるのかもしれませんが、第3点、つまり大量のプルトニウムを保有し、尚かつその平和利用が棚上げされている状態で、核武装宣言に近い行動を取るようなことになれば、制裁では済まされないようにも思います。例えば、国連軍による「核設備の破壊」だけでなく「核推進政権の崩壊」と「プルトニウムの国際管理」を目的とした軍事行動が行われてもおかしくないのです。

 そう申し上げると「ちょっと待ってくれ。日米同盟があるから日本がそこまで悪玉になることはないだろう」という反論が返ってくるかもしれません。ですが「日米同盟から自立しても核抑止力が欲しいから核武装論をしたい」というのが最初の議論の前提であるとすれば、そんな甘い話にはならないわけです。

 話がやや大げさになりましたが、結論はただ1つ、日本の核武装は不可能だということです。理由は上記の通りであって、この「議論」を禁じる必要は感じませんが、その「議論」自体が3分で終わるものだというのもまた事実だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

AIで失業増えるとは限らず、新たな機会も=リッチモ

ビジネス

米は財政赤字削減を、今年の経済成長安定=IMF

ワールド

北朝鮮の金総書記、米朝関係は米国の態度次第 韓国と

ワールド

米、ベネズエラ原油のキューバ転売認可へ 国務長官は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 2
    最高裁はなぜ「今回は」止めた?...トランプ関税を違憲とした「単純な理由」
  • 3
    3頭のクマがスキー客を猛追...ゲレンデで撮影された「恐怖の瞬間」映像が話題に
  • 4
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 5
    【クイズ】サメによる襲撃事件が最も多い国はどこ?
  • 6
    2月末に西の空で起こる珍しい天体現象とは? 「チャ…
  • 7
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 8
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 9
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 10
    「IKEAも動いた...」ネグレクトされた子猿パンチと「…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 3
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 4
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 10
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story