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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
追悼、西宮伸一大使
それにしても、外務審議官から駐中国大使に就任して2日後に倒れ、赴任もかなわぬままに亡くなられたというのは私には衝撃でした。私は西宮(にしみや)大使とは一度お目にかかっただけですが、結構長い時間話し込んだこともあり、大変に強い印象を受けています。それだけに、今回の急逝という報に接しては、色々と考えさせられました。
それは2011年の12月のことで、大使がニューヨーク総領事としてアメリカ駐在であった時期でした。大使とは、あるレセプションの席でご一緒し、漠然と日米関係に関する雑談をしていたのですが、話題は自然と「ハーグ条約」の話になって行きました。
これは、国際結婚が不幸にも破綻した際の「子供の連れ去り」問題としてその後、特別法などでの対策が政府によって進められている問題です。(法案自体は政局の混乱の中で棚上げ状態ですが)
要するに、米国での離婚訴訟の結果として「父親の面会権」が確定し、その保障のために「父親の側に近接した地域に子どもと居住する命令」を受けていながら、子どもと一緒に日本に出国して父親の面会権を阻害したというのが、アメリカ側から深刻な苦情になっている問題です。多くの日本人の母親に国際指名手配が出ると同時に、日本は米国から「拉致容認国家」という名指しを受け、外交当局は大変に苦慮をしていたのでした。
私は、この欄でも何度もお話してきたように、この問題は民法を改正して日本でも「共同親権(離婚後の父母が一定の割合で子供の養育権を分担すること)」や「面会権行使の妨害に対する罰則規定(現行法ではなし)」あるいは「養育費支払い不履行時の強制取り立て(これも現行法ではなし)」など、「ハーグ条約への加盟する前提としての離婚制度の整備」を行って条約に加盟するしかないという立場です。
つまり、民法改正なしにハーグ条約に加盟して、一方的な「連れ去り」の場合は両親が共同生活していた国に子供を戻すというのでは、外国の要求に応じて「日本国籍の子ども」を外国にみすみす譲り渡すことになること、日本に共同親権という概念のないままであれば、取られた子どもは取られっぱなしになること、など国家主権の否定としかいいようのない事態が発生するからです。
また、同じ離婚事例であっても、日本人同士の離婚の場合は親権のない方の親(多くの場合は父親)の面会権は十分に保障されない一方で、国際間の事例であれば国家が子どもを母親から取り上げることまでするというのは、法の上の平等に反するばかりか、一種の治外法権、不平等条約に類するものではないか......例によって私はこの論理を持ち出して「特別法」による解決は安易に過ぎると主張したのでした。
西宮大使は、私の主張を丁寧に聞いて下さいましたが、「冷泉さん、理想は民法改正です。それは全くその通りですが、民法の家族制度改正というのは大変な困難が伴うわけで、今すぐにというのは現実的には不可能です。この問題には次善の策ということをご理解いただきたい」ということを述べられました。そこで私は意外な事実を聞かされたのです。
西宮大使は、この問題では米国議会に呼ばれて日本の立場を弁明させられたのだそうです。大使によれば、それは厳しい場であったそうです。それが公聴会のような場であったのか、詳細はお聞きすることはできませんでしたが、米議会にはクリストファー・スミス議員とか、ジェームズ・モーラン議員など、この問題の追求に熱心な「猛者」が沢山いるわけで、相当な追及を受けたのは間違いありません。勿論、日本国の外交官としては公式の席では、100%日本国の利害を代弁するのが仕事であるわけで、それは大変なことであったと思います。
その上で、西宮大使は「米国もですね。キレイなことを言っているようですが、離婚後の共同親権とか面会権ということが確立するまでには、社会的に大変に苦しんだのです。片方の親による子どもの誘拐とか、泥沼の訴訟合戦とかもそうですし、米国側に問題のある国際間での子どもの奪い合いもあった、そうした苦しみを経て今の法制に立ち至っているわけで、その辺も理解してあげないといけない」という私がこれまで見て来なかったような観点も示してくださいました。
会合の席にしては、ずいぶんと時間を取って話し込んだのですが、結局この話は物別れに終わりました。表面的には、外交ということを優先するのであれば、相手がここまで言ってきている本件については、正論よりは「どうしても現実論」になるのかな、私としてはそんな印象を持ったのは事実です。ですが、それとは別に私には不思議と爽やかな感覚が残ったのです。
その「爽やかな感覚」というのは何であったのか、私は大使の訃報を聞いてはじめて気がつきました。それはプロフェッショナリズムということだと思います。外交というのは言ってみれば「コンフリクト(紛争)の調停」です。ということは利害の対立する結節点に立つということなのです。言い換えれば、利害調整の当事者になるということです。
紛争というのには色々な種類があります。解決が不可能な問題、解決が困難で先送りするしかない問題、速やかに解決すべき問題など色々です。また紛争には相手があります。相手との全体的な関係を考えると、100%こちらの主張を押し通すのは不可能です。また外交というのは国家意志の反映ですから、国家意志に反するような調停は外交官としてはできないわけです。
この場合は、ヒラリー・クリントン国務長官は「即時解決」を要求してきたということがあり、同時に日本の国家意志としては「家族制度の改訂につながる民法改正への合意形成は不可能」ということだったのです。という条件の下では外交官としては現実的に「特別法」方式での解決へ向けて政府を動かすことが「次善の策」だったのでしょう。
それが「正論」ではないと分かった上で紛争調停の当事者として「さまざまな利害に引き裂かれつつ」、その時点での「最善手」を打ってゆく、西宮大使の残した「爽やかなプロフェッショナリズム」という印象というのはそういうことだったのだと思います。だからといって、私はこの件に関する持論を変更するつもりはありません。ですが、外交官という人々が、そのような当事者意識を持って実務的に利害の結節点に立っているということへの視点は欠かしてはならないのだと思います。
今週は、米国のパネッタ国防長官が訪中して、尖閣問題を含めた日米中の問題を中国の梁光烈国防相と会談しています。アメリカでは(ニューヨーク・タイムスなど)この会談の主要なテーマは、尖閣問題だけでなく、既に進行中の日米のミサイル防衛システム更新問題への中国サイドの抗議であるという観測も流れています。仮にそうであれば、複雑な連立方程式は益々複雑になっているわけですが、このように錯綜する日米中の関係の現場というのは、その西宮大使の実務能力が発揮される最高の舞台であったに違いありません。早すぎる訃報に接し、何とも言えない思いがするのです。
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