コラム

「和解」を困難にする「謝罪外交」は見直す時期ではないのか?

2012年08月20日(月)11時11分

 どうして中国や韓国の世論は、日本に対して領土ナショナリズムによる攻勢をかけてくるのでしょうか? それは、中国側から見た日本、韓国から見た日本というのは他の二国間関係とは異なり、第2次世界大戦の終結以降も、正常な関係が持てていないからです。

 正常でないというのは、日本が常に謝罪要求の対象だということです。これは、二国間関係としては異常です。では、どうして日本と周辺国との間には、こうした異常な関係が続いているのでしょうか?

 まず、中国と韓国は、日本の「国体=国のかたち」が戦前戦後を通じて一貫していると考えています。戦前の国体が「護持される」ということが、戦争終結の条件として連合国に認められた以上、国体の一貫性は明白であり、したがって現在の日本の国体は過去の責任を継承しており、すなわち謝罪の主体となるという考え方です。

 これに対して、日本の世論の半分は同調していると言っていいでしょう。「日本国は周辺国に対して永遠に謝罪を続けるべき」だと考えており、それが倫理的に正当だと考えているのです。一歩引いて考えると、日本国の国民が日本国の名誉を貶めて日本国が謝罪に追い込まれることが正義と考えているように見えます。自虐史観とか、反日的という批判がされるのも分からないではありません。

 ですが、こうした考え方を持つ人は大真面目なのです。自分たちは国家に裏切られて倫理的敗者の汚名を着せられたので、二度と国家を信じず、国家が悪行をせぬよう、また過去への謝罪を履行するよう監視すべきと考えているのです。つまり、最後の世界大戦に敗北したまま国体が護持されたという偶然を利用して、国家性悪説を前提とした心情的な無政府論とでも言うべき「理想主義の実験」を行なっているというわけです。

 この「個人が国家に優越する」という思想は、同時に「国家に依存する人間を蔑視する」という尊大な姿勢を伴っていますが、敗戦というのは精神的にも物理的にも、それだけ巨大な喪失であり、その喪失感の反映としてそのような稀有な思想が長期にわたって多数派となっていたという事実を軽々に否定はできないと思います。

 残りの半分は、日本国が永遠の謝罪者であれという立場には強く反発しています。直接の動機は自然なもので、「現代の世代が過去の問題に対して謝罪する必要はない」という直感的なものに発しています。ですが、これに続く思考回路に問題があるのです。

 それは「第2次大戦の敗戦により国を失う結果となった戦前の歴史は国際情勢の被害者として不可避であった」という史観を抱えていることです。この史観の延長上には「日韓併合と独立運動への弾圧」や「南京入城時の非戦闘員殺害」などの個別の問題について、一つ一つ事実関係に別の視点を持ち込んで過去に遡って名誉回復を図ろうという態度が伴っています。

 この考え方は、日本を一歩外に出れば国際社会では孤立するだけです。ですが、国体が一貫しているという立場からは、現在形の謝罪を拒否するためには過去の事件について一つ一つ正当化が必要になる、これは論理的にも心情的にも自然な流れではあります。まして「謝罪を拒否すると現在形での断罪が突きつけられる」という中では、それを理不尽だと思う反骨心が事実関係の再評価への一方的な情熱に向かうのも仕方がないわけです。

 私はこの3つの考え方のいずれも修正が必要と思います。こうした三つ巴の関係があるかぎり、日本は周辺国とは永遠に和解できないからです。何故かというと、日本の両極端の立場が、周辺国の謝罪要求を反対方向から煽る構造から脱せないからです。

 ところで、この3つの考え方には共通点があります。それは、「日本の国体=国のかたち」が戦前戦後を通じて「護持」された結果「不変である」という前提に立っているということです。

 その結果として、周辺国は「現在の日本は過去の責任を継承している」と信じて疑わず、日本の左派は「戦前の国体が護持された以上は日本国は永遠の謝罪者であるべき」という考えにとらわれ、右派は「戦前の国体と現在の国体が一貫しているのだから、現在の国の名誉を確保するためには戦前の歴史も肯定しなければならない」という考え方に囚われているわけです。

 私は発想を転換して、この考えを捨ててはどうかと考えます。つまり戦前には様々な国家レベルの判断ミスを重ねて「国体は傷ついた」ものの、戦後日本の官民挙げた努力の結果、全方位外交の平和国家としての実績を70年近く積み上げて、今は日本の「国体は修復されている」と考えてはどうかと思うのです。

 言い換えれば、現代の日本人の世代は、世代から世代へと国体を修復してゆく努力を継承し、修復された「日本国」という「国体=国のかたち」を基礎として国家としての統合を果たしているわけです。

 そのように考えれば、現代の日本人は、戦争や侵略や植民地化の行動に関しては「現代における周辺国への謝罪者となる必要はない」のです。つまり、今の世代は「生まれながらにして、永遠の謝罪を義務付けられた悪玉国家」に生まれたのでもなければ、「謝罪要求に反発するついでに、戦前の歴史についてまで無理に正当化をしなくてはならない」と思い詰める必要もないのです。

 勿論、民族を意識した個人としてといった私的なステイタスでは、自然な罪障感ということはあって良いのです。日本人であれば真珠湾なり、南京というような場所では恭順の表情で振舞わねばならないという個人的な義務感は当然であり、継承の努力もされるべきとすら思います。ですが、国家として、現在の国民の生存権を保護し、法治を行い、領土を保全する法人格として公的な謝罪者である義務はないのです。

 では、謝罪する義務がないのであれば、国家として何もしなくてもいいのでしょうか? そんなことはありません。余りにも巨大な戦争の犠牲に関しては、メリハリの利いた和解の儀式が何としても必要です。そのためには「共同での追悼」という行動がふさわしいと思います。現在の日本人が現在の中国人や韓国人に対して謝罪する代わりに、静かに日中、日韓での共同の追悼の儀式を行えば良いのです。

 追悼と謝罪の違いは単純です。追悼というのは過去の膨大な犠牲に対して、時空を越えてストレートに誠意を捧げる行為です。一方で、謝罪というのは当事者間で行うべきものであり、中国や韓国の現在の世代はこれを受け取る権利はなく、現代の日本人はこれを捧げる義務はありません。過去の悪しき行動のパターンや悪しき価値観を残すことで、現在も具体的な脅威を与えているのであれば別ですが、国体が修復された以上、そんな懸念は自他ともに不要です。

 ちなみに、国体が修復されたというロジックであれば「第2次大戦の懲罰として北方領土の占領は正当化できる」というロシアの論理にも対抗できると考えられます。

 いずれにしても、国家として戦前の行動の責任を継承し、無関係な世代に永遠の謝罪者であれと強制する不自然からは解放されるべきです。政権が謝罪を強要される中で、外交交渉上の心理戦に引きずられることも止めるべきです。そうでなくては、対等で安定的な現在形での2国間関係は不可能です。謝罪外交は一刻も早く修正されるべきと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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