コラム

それでも次の季節へ進むアメリカ

2011年10月31日(月)11時58分

 今日(10月31日)はハロウィンで、日が暮れると多くの子供達がキャンディーを求めて家から家を仮装して練り歩くことになるでしょう。そのハロウィン商戦ですが、ここ3年間はかなり地味だったのが、今年はそろそろコスチュームも用意するキャンディーも、あるいは家々の飾り付けも派手に、という雰囲気もあるにはあったのです。ですが、8月以来の財政問題、ヨーロッパ危機を受けた景気の低迷感のおかげで、ハロウィン用品を早々に叩き売る店があったり、景気に関しては強弱まだらという感覚でしょう。

 それにしても、まだ紅葉が盛りのハロウィン前に積雪とは驚きました。季節はずれの寒波に襲われたアメリカ東部は、この週末は完全に凍りついた感じです。私の住むニュージャージーの場合は、例年ですと11月下旬のサンクスギビング(感謝祭)の頃に初雪というのが普通ですから、1カ月以上も早いことになります。

 ただ、この「スノー・ストーム」の直前に当たる先週は、経済の方は少し光明が見えてきていました。ギリシャ国債に関するヨーロッパの処理スキームが固まったのを受けて、またアメリカの経済指標が落ち着いてきたこともあって、市場には活況が出てきていたのです。もしかすると、この寒波を受けて「クリスマスには暖かい衣服などをプレゼントとして用意」しようというムードが出てくると、ガマンにガマンを重ねていたアメリカの消費マインドにも火がつく可能性もあるように思います。

 この寒波は、ニューヨークのダウンタウンでずっと続いていた「ウォール街占拠デモ」のテント村も襲いました。多くの若者が「これは大変」と一時撤退したそうですが、もしかしたらこのデモもそろそろ潮時かもしれません。

 勿論、雇用統計が改善されたわけではないし、オバマの雇用刺激策パッケージに至っては、ロクな審議も進んでいません。また細分化したり、スケールダウンして可決を模索するという動きもあまり出ていないのです。ですが、ここへ来て、アメリカの政局は12月を前に財政規律に関する超党派委員会を中心に中長期の方針の議論に入ります。

 ということは、格差是正の主張も、仮に所得再配分を中心とした政府の活動に期待することが大きいのであれば、これからの議論は財政規律の問題の枠組みの中で、大局的な調整が必要になってくるでしょう。つまりは、デモや警官隊との衝突といった、問題提起としての有効性しかないような行動の段階は過ぎたと言うことです。

 雪と言えば、その前にメジャーリーグのワールドシリーズが終わったというのは、良かったと思います。アメリカの野球シーズンというのは、雪の季節を避けて決められており、3月末の開幕時には一部の球場で雪のための順延というのもあるにはありますが、秋のシーズン中に雪というのはいくら何でも季節感を損なうからです。

 それにしても、27日(木)に行われたワールドシリーズの第六戦は大変に見応えのある試合でした。8回表を終わって7-4と3点ビハインドだったカージナルスは、8回ウラに1点、9回ウラにはレンジャースの若きクローザーのファリースを崩して2点を入れて7-7の延長に持ち込んだのです。ところが、10回の表に、レンジャースはチームの精神的支柱とも言えるハミルトンが、2ランを打って突き放したかに見えました。ですが、カージナルスはその裏に2点を返して再度9-9のタイに持込み、最後は11回のウラに若手のフリースがサヨナラ本塁打を打って試合を決めたのでした。球史に残る激闘と言っていいでしょう。

 シリーズの対戦成績は、この時点で3勝3敗のタイとなりましたが、翌日の第七戦は結局のところ第六戦を制したカージナルスがそのまま押し切った形となりました。終わってみれば、レンジャースはこれで2年連続でワールドシリーズに進出し、2年連続で敗退するという屈辱的な結果になりました。敗戦後のレンジャースの選手たちは、正視できないほどの落ち込みを見せていましたが、仮に来季「3度目の正直」を達成することができれば、それはそれで新たなドラマになるわけで、まだ若いこのチームにはそうした期待感を込めた視線も注がれています。

 このワールドシリーズですが、アメリカ国内でのTV放映権はFOXが独占しており、その広告効果は相当なものがあります。ここ数年は、リーマン・ショック以来の不況に「逆張り」するかのように、サムソンや現代といった韓国勢の広告が目立っていたのですが、今年は日本勢にも存在感がありました。トヨタ自動車とニコンが終始このワールドシリーズでのメイン・スポンサーとして広告訴求を続けていたのです。

 しかも、両社共に極めて戦略性の高い商品のキャンペーンとして使っていました。トヨタの場合は、北米市場のドル箱というべき中型セダンの「カムリ」をフルチェンジした2012年モデルの立ち上げキャンペーンとして、そしてニコンの場合は、全く新しいレンズマウントと中型撮像素子を使った「ミラーレス一眼」の「ニコン1(ワン)」システムのキックオフという、どちらも非常に大型の広告展開でした。両社とも、広告のクリエイティブもレベルが高く、商品の質への信頼感を醸成することに成功していたと思います。

 勿論、ワールドシリーズでのメイン・スポンサーというのは非常に高価な投資です。トヨタのカムリはともかく、とりわけ、ニコンの「ニコン1」の場合は大きな賭けというところかもしれません。ですが、仮に11月に入ると共に、北米の経済指標が更に堅調となり、年末商戦に活気が出てくれば台風の目となる可能性は十分に秘めているように思います。

 経済も天候も極めて変則的な中で、アメリカは次の季節へと動き出しました。勿論、楽観論だけに賭ける根拠はまだありません。ですが、10月までの前提や常識は、11月には総入れ替えをしなくてはならない、そんな時代の転換点を感じるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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