コラム

松坂、岡島両投手の悲劇を繰り返さないためには?

2011年06月08日(水)10時56分

 2007年のシーズン、共にMLB移籍の初年度でワールドシリーズ制覇の栄光に輝き、しかもそのタイトル獲得に十分貢献する形でメジャーのキャリアをスタートさせた、松坂大輔、岡島秀樹の両投手が、まさかその4年後には悲劇的な形でボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークのマウンドから去ろうとしている、こんな展開は誰も想像しなかったのではないでしょうか。

 岡島投手は、現在はレッドソックスのマイナー(AAA)でプレーしていますが、自身がトレードを希望するなどレッドソックスとの信頼関係は薄れつつあるようです。一方の松坂投手の場合は、契約はまだ6年契約の5年目であり、仮に肘の靭帯再建手術に成功してリハビリが順調であれば、契約最終年の2012年度はシーズン途中での復帰の可能性はあります。ですが、球団との間で、手術の是非、また故障に至った経過の中での練習法や起用法をめぐる行き違いなどがあるようですから、もしかすると復活イコール移籍ということもあり得る状況です。

 メジャーの世界というのは、多くの選手が活躍の場所を求めて球団から球団へと渡り歩くのが当然であり、仮に故障や不振を理由に放出されたとしたら、選手自身もファンも割りきって対応することになっています。ですから、特に岡島投手が最近そう発言しているように、新天地で活躍できればそれはそれで良いのかもしれません。

 ですが、やはり2007~08年の2人との比較で言えば、現在の状況は本人たちも不本意でしょうし、ファンとしても多くの人が落胆しているのは事実だと思います。その意味で、2人のケースはやはり悲劇と言っていいように思います。

 松坂投手の場合ですが、やはりコミュニケーションの問題が顕著です。公式戦とWBCの優先順位、投げ込みの有効性と弊害など、野球選手としての基本的な姿勢の部分で、球団との間に十分な相互理解が確立できなかった、報道から伝わってくるのはこの問題です。こうした問題を乗り越えるのではなく、行き違いを放置し続ける中で「結果を出せば全てが好転する」と焦っていったことが、投手の肘という微妙な部分への負荷になったのではないでしょうか。

 こうした問題は、通訳の方の質がどうというような表面的な問題ではないと思います。日米両国の野球文化の違いを痛いほど知り抜いた人間が、最終的には松坂投手に「米国式か日本式か」を選ばせるのではなく、「究極の松坂式のベースボール」という取組姿勢を確立させ、それを骨の髄まで周囲に分からせる、そうしたレベルのアドバイスをすべきでした。そのような人を周囲に得なかったのは本人の責任というのは余りに酷です。何とかならなかったものでしょうか。

 1つだけ、松坂投手のプレースタイルで気になっていたのは、ゼロツー(ノーボール・ツーストライク)に追い込んだあとで、日本流の「遊び玉」をほぼ自動的に外角に投げてしまうクセです。良いボールで2つストライクを決めても、その次に無気力なボールで「外す」と、獰猛なバッターは「コイツ、勝負する気合が足りないんじゃないか?」と一気に気迫を見せてきてしまうのです。気迫を押し込まれることで次もボールで平衡カウントになり、成り行きでフルカウントから四球に流れてしまう、そうした光景を何度も目にしました。

 多分、焦って勝負するのは余裕が無いからダメという「日本式のドグマ」に縛られていたのだと思いますが、この辺の勝負の「あや」というのは、将棋や格闘技と同じで、一球のために心理戦のモメンタムを取られてしまう危険があるわけです。今シーズンは開幕から2試合最悪の投球が続いた後に、キャッチャーがバルテックに代わった次の2試合は見違えるようなピッチングをしており、こうした勝負のリズムについても新境地と期待していたのですが、残念です。

 ポスティング制度についても、後味の悪い感じがします。ボストンのメディアは「1億ドルの投資に失敗」などといって批判していますが、少なくともその半分はポスティング・フィーで西武球団に行っており、松坂投手本人には入っていないわけです。この点もゴチャゴチャになって批判されているというのは、本人としては理不尽だと思います。

 岡島投手の場合は、そうした複雑な問題ではないと思います。とにかくフェンウェイ・パークでは大変な人気があったのですが、その「ファンの愛情」が本人に届いていたのか、その点だけが気がかりです。真面目な選手ですから、とにかく試合のことで精一杯で、満場のファンから受けている信任や期待、いや愛情に気付かなかったのかもしれません。一方で、結果が出なかった時のメディアの冷酷なコメントなどばかりが気になっていたのかもしれません。

 私は、ヤンキースファンですが、ボストンではフェンウェイ・パークでレッドソックス戦を見るのは楽しみの1つです。チームもファンも宿敵に違いはないのですが、あの独特なアットフォームな雰囲気はなかなかのものだと思うからです。そんな独特のムードに岡島投手は実はピッタリはまっていました。毎試合、8回になって岡島投手がブルペンから出てくると、場内には不思議な「オキドキ・オキドキ」という応援歌が流れ、ファンは興奮に包まれるのです。

 岡島投手が決して剛球投手でないことも、相手が変則フォームに慣れてしまえば打たれる危険があることも、この球場のファンは知っているように思えました。それでも、相手以上に敵を研究し、勝負に集中して修羅場をくぐり抜けてきた岡島選手の誠実な姿勢を、ファンは愛していたのです。その愛情がもしかしたら本人に伝わっていなかったのなら、これは悲劇です。以前から岡島投手は「自分は野球をやりに来たのであって、英語を勉強に来たんじゃない」と言って、英語の会話を遠ざけていたようですが、野球への取り組み姿勢としては立派でも、こうした悲劇に追い込まれるのであれば、もう少し柔軟にできなかったのか、そんな風にも思うのです。

 いずれにしても、折角日本から来た才能が、球団やファンとのコミュニケーションの問題で力を十分に発揮できないのを見るのは辛いものがあります。何度も申し上げますが、何とかならなかったのか、そうした思いがどうしても消せません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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