コラム

福島第一原発の事故に揺れるアメリカ、そして日本

2011年03月18日(金)13時33分

 アメリカの各TV局はエース級のキャスターを日本に入れていますが、宮城を中心に岩手や福島を取材していた彼等は、一旦東京に引き上げてきています。そして今は、ガイガーカウンターを持ち歩いて何度もデータを確認したり、あるいは靴の底に当ててピーピーさせていました。これでは、いくら「人体に影響のない範囲です」と言っても、報道としては不安感を煽るようなものです。

 そうした報道の合間には、例えばCNNでは気象予報士が「太平洋上空のジェットストリーム予報」などを流しています。つまり、日本上空の有害な放射性物質がアメリカに飛来することを本気で心配しているのです。16日には西海岸を中心に「ヨウ素」の錠剤が買い占められるなど、過敏な反応が見られました。

 この16日から17日にかけては、福島第一にアメリカの関心は集中していた観があります。例えば、自衛隊機による「空中からの海水散布」に関しては、総合的な様々なトライアルの一環という観点を持てずに、まるで「行き当たりばったりに思いつきでやっている」というニュアンスで報道していました。東京からレポートしていたCNNのアンダーソン・クーパーは、MIT=SSP(マサチューセッツ工科大学、セキュリティ研究プログラム)のジム・ウォルシュ研究員と巨大なバケツから投下された水が霧状に流れて三号機に入らなかった映像を見て「これじゃダメだ」などと悲観的な報道に走っていました。

 そんな中、アメリカのメディアや市場の関心は「放射線量」の話に完全に向いてしまっています。やや前後しますが、それが16日の議会公聴会における「四号機の使用済み燃料貯蔵プールは水がカラ」という憶測発言や、アメリカ人への50マイル(80キロ)圏からの脱出命令などとも関連するように思います。米国の外交官とその家族には、日本からの退避勧告と「安全な第三国」への出国措置が取られ、米国市民への「日本への渡航自粛」は「注意(アラート)」から「警告(ウォーニング)」に引き上げられました。

 こうした反応の背景には、映画『チャイナ・シンドローム』(1979年3月16日公開)やその直後に発生したスリーマイル島原発事故(1979年3月28日発生)という歴史、そして反核運動や反原発というカルチャーがまずあります。ですが、多くのアメリカ人にとっては、日本政府と東電の対応に不信感を持ってしまう、こちらの問題もあるように思います。

 一つは、問題がここまで深刻な状況に至っているのに、危機管理を「一民間企業がやっている」ことへの不信があります。アメリカだったら、とっくに州兵組織なり国土保安省か、恐らくここまで厳しい状況なら軍の管理下で全てが一本化されているだろう、それ以前に大統領が陣頭指揮を取るのではないか、そんな感覚です。実は、ハリケーン「カトリーナ」の際などには、アメリカでも失敗しているのですが、とにかくそうした批判的な目があります。

 もう一つは、危険を冒して作業している東電社員への畏敬です。CNNでは現在作業中の東電社員の奥さんを登場させて、その奥さんが「無事を祈って応援するだけです」と言っているコメントを紹介していましたが、これもアンダーソン・クーパーですが泣きそうになっていました。同じような記事は『ニューヨーク・ポスト』などのタブロイド版でも紹介されています。その背後には、本来なら軍隊が担うべきリスクを何故か民間人が負っていることへに対して、個々の作業員には畏敬の念、全体状況に関しては不信という目で見ているということがあります。

 一言で言えば、どうして日本は首相に指揮命令系統を一本化しないのだろう? 首相の決断の元で、軍人(自衛隊員)が率先して危険な作業を遂行するシステムになっていないのはどうしてなのだろう? というモヤモヤした感覚があるわけです。その背景には、多くのアメリカ人が日本の歴史的経緯を知らないという事実があるのですが、とにかく不信感なるものの背後にあるのはそうした感情です。

 逆を言えば、自衛隊員に至るまで極めて厳格な被曝放射線量管理を徹底しながら、恐れられていた環境への大量の放射線物質放出という事態に至らずに、今回の事故が収束するようであれば、アメリカの日本を見る目は少し変化するかもしれません。事実、18日になって一号機、二号機の配電盤立ち上げに可能性が出てきたこと、前日の最後に行った地上放水に効果がありそうだという報道に対しては、まだ日本で取材を続けるクーパーと、MITのウォルシュ研究員は「日々悪いニュースが重なる中、初めての好転の兆しでは」と安堵の表情を浮かべていました。

 一方で、オバマ大統領は17日には在ワシントン日本大使館を「サプライズ」訪問して激励をしたり、会見で日本への支援を直接自分の口から発表するなど最優先課題として扱っています。その背景には、オバマの政策として「クリーン・エネルギー」と「国際競争力」のための「新世代原発」の推進ということで「ブレない」決意を感じます。

 ところで、オバマのこの政策ですが、日本経済は深く関与しています。「新世代原発」の中心的な存在としては、二種類の日米の共同プロジェクト、つまり「東芝=ウェスティングハウス連合」の「第3+世代加圧水炉AP1000」と「日立=GE連合」の「第三世代ABWR(改良型沸騰水型原子炉)」があるのですが、このうち特に安全性が売り物の「AP1000」は米議会の最終承認プロセスに入っているのです。ですが、今回の事故を契機として米議会では認可への慎重論が加速しています。オバマとしては、何とかこの危機を打破したいのです。

 このAP1000は既に中国に販売をしているのですが、受動安全性、つまり今回の福島第一のように「電力を必要とする複雑な冷却システム」ではなく「循環や蒸発という物質の自然な動作の過程で自然に冷却し、停止する」安全性を前提に設計されているという触れ込みです。オバマはこのプロジェクトについて依然として推進の立場を取っているのです。

 にもかかわらず、一方の日本では昨晩から今日にかけて他でもない自民党の谷垣総裁が「脱原発」を口にすると、枝野官房長官が絶妙な政治勘で瞬時に「賛意」を示して谷垣総裁の政治的効果を「チャラ」にしようとしているという動きがあります。事故が現在進行形である現在、瞬間的な民意との対話を優先すればそうなるでしょう。

 ですが、それは短期的にも中長期的にも生活水準の低下を受け入れる覚悟を要求するはずです。そうでなくて「脱原発+成長と生活水準の維持向上」という組み合わせを志向するのなら、ものすごいハイテクな社会、恐ろしいほどの効率社会でなくては成り立たないでしょう。大災害の渦中である現在は、中長期的な判断のタイミングとして適当であるとは思えません。

 アメリカでは民間が右往左往している一方で、日本は政治が右往左往しているとしか言いようがありません。統一地方選について言えば、被災地以外も延期した方が良いし、百歩譲って東京都知事選については被災地扱いをして延期すべきではないでしょうか? 

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

ニュース速報

ビジネス

英中銀、時間をかけず段階的に利上げすべき=ソーンダ

ビジネス

日産、22年度までに国内でEV3車種・eパワー搭載

ビジネス

5月の英利上げ確率が40%に低下、英中銀総裁発言で

ビジネス

放送改革で政府会合、座長「4条撤廃に焦点絞った議論

MAGAZINE

特集:技能実習生残酷物語

2018-4・24号(4/17発売)

アジアの若者に技術を伝え、労働力不足を解消する制度がなぜ「ブラック現場」を生むようになったのか

人気ランキング

  • 1

    「僕はゲイリー19歳、妻は72歳」 青年が恋に落ちた53歳上の女性とは

  • 2

    「ヒトラーが南米逃亡に使った」はずのナチス高性能潜水艦が見つかる 

  • 3

    こんなエコノミーは嫌だ! 合理的すぎる座席で、機内はまるで満員電車?

  • 4

    ジェット旅客機の死亡事故ゼロ:空の旅を安全にした…

  • 5

    アマゾン・エコーが、英会話の練習相手になってくれた

  • 6

    金正恩は「裏切り」にあったか......脱北者をめぐる…

  • 7

    「家賃は体で」、住宅難の英国で増える「スケベ大家」

  • 8

    米中貿易戦争は中国に不利。習近平もそれを知ってい…

  • 9

    ナゾの天体「オウムアムア」の正体 これまでに分か…

  • 10

    怖くて痛い虫歯治療に代わる、新たな治療法が開発さ…

  • 1

    「僕はゲイリー19歳、妻は72歳」 青年が恋に落ちた53歳上の女性とは

  • 2

    こんなエコノミーは嫌だ! 合理的すぎる座席で、機内はまるで満員電車?

  • 3

    アメリカの2度目のシリア攻撃は大規模になる

  • 4

    「家賃は体で」、住宅難の英国で増える「スケベ大家」

  • 5

    フェイスブックはなぜ全米を激怒させたのか

  • 6

    おどろおどろしい溶岩の世界!?木星の北極の正体が…

  • 7

    「ヒトラーが南米逃亡に使った」はずのナチス高性能…

  • 8

    韓国で隣家のコーギー犬を飼い主に食べさせようとし…

  • 9

    地球外生命が存在しにくい理由が明らかに――やはり、…

  • 10

    日本の空港スタッフのショッキングな動画が拡散

  • 1

    日本の空港スタッフのショッキングな動画が拡散

  • 2

    ユーチューブ銃撃事件の犯人の奇妙な素顔 「ビーガン、ボディビルダー、動物の権利活動家」 

  • 3

    「金正恩を倒せ!」落書き事件続発に北朝鮮が大慌て

  • 4

    「家賃は体で」、住宅難の英国で増える「スケベ大家」

  • 5

    金正恩が習近平の前で大人しくなった...「必死のメモ…

  • 6

    「僕はゲイリー19歳、妻は72歳」 青年が恋に落ちた5…

  • 7

    ヒトの器官で最大の器官が新たに発見される

  • 8

    「パスタは食べても太らない」──カナダ研究

  • 9

    2度見するしかない ハマってしまった動物たちの異様…

  • 10

    金正恩がトランプに懇願か「あの話だけはしないで欲…

グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ 日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版

SPECIAL ISSUE 丸ごと1冊 プーチン

絶賛発売中!