コラム

米最高裁判事の人選が超重要であるこれだけの理由

2020年10月13日(火)18時30分

ギンズバーグ判事はグッズまで作られる国民的スターだった Jonathan Ernst-REUTERS

<リベラル派のギンズバーグ判事の死去で後任選びが注目されるが、アメリカでの最高裁判事の影響力は日本で想像されるよりはるかに大きく、ある意味大統領以上の存在だ>

アメリカの政治は心配事が多すぎる。

大統領は新型コロナウイルス感染症にかかった。

大統領討論会のひどさで分かった通り、民主主義の根幹である議論の文化はもっと重い病にかかっている。

唯一かかっていないのは「トランプの所得に税金」なだけのようだ。

でも、いろいろある中で、リベラル派の皆さんが最も騒いでいるイシューは、先月死去したルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後任指名について。今回は、なんでこの話題がこんなに重要なのかを解説しよう。本当は、理解するのに必要なポイントは2万個以上あるが、そんな説明は大変すぎるから、僕も大統領を見習って敏腕税理士に5つだけに減らしてもらった。

■ポイント1

日本の皆さんが想像する以上に、アメリカでは最高裁の影響力が大きい。まず、最高裁の活動の範囲が広い。一番の仕事は法律の合憲性を審理すること。違憲だと判断した場合、議会で満場一致で成立した法律でも無効にできる。まさに最高の権威を持っているし、他国よりも高い頻度でその力を振るっている。同時に、上告された国民の個人同士の裁判もやる。スーパーマンが地球を壊滅から救った帰り道で迷子の子猫も助けるような、広範囲の活動だ。

次に、最高裁の判決は国民の日常生活に重大な影響を及ぼす。19世紀には最高裁が合憲だと判断したため、奴隷制度、その後の人種分離制度が許された。最高裁が動かなかったことで、黒人は苦しい生活を強いられた。同様に、第2次大戦中の日系アメリカ人の強制収容も止めなかった。

しかし、20世紀半ばから最高裁が動き出した。1954年に、判例を覆し、学校における人種分離制度を、1967年には、白人と黒人の付き合い・結婚を規制する「異人種間結婚禁止法」を違憲だと判断した。

同様に、2003年に同性愛のセックスを性犯罪とする法律も違憲とし、2013年には同性愛者の結婚も認めた。1973年に中絶を受ける権利を認めた。1996年には公立学校の女性入学拒否に違憲判決を出した。

こうしてこの数十年間、人種、性別、性的指向などにおける国民の権利を次々と認め、社会的弱者がより自由に幸福の追求ができるようにした。こんな歴史を振り返ると、本当に「最高!」裁判所だと、多くの人は感じる。

しかし、同時に、2010年には企業による政治献金の制限をなくして「金と政治」をさらに強く結び付けた。2013年に、黒人の投票を阻害するための不公平な投票制度が過去にあった州への、連邦政府による管理は違法だとした。そのあと、南部の州を中心に黒人や貧困層などの投票を妨げる「投票抑制策」が再び急増した。

なんといっても、アル・ゴア大統領候補が得票数でリードしていた、2000年の大統領選挙後にフロリダ州の票の再集計を止めて、ブッシュ・ジュニアを大統領にしたのも最高裁。そう、京都議定書から離脱した、うそ情報を口実にイラクへの侵略戦争を起こした、対応が遅れて1800人も犠牲になったハリケーン・カトリーナ襲来時もバカンスを続け、被災地に立ち寄りもしなかった、あのブッシュ大統領は5人の最高裁判官が誕生させたのだ。

そう考えると、「最低!」裁判所と思う人も必ずいるだろう。

国民誰もが判事の名前を言える

■ポイント2

判事の存在感が巨大。終身制で、9人しかいない最高裁判事は何十年も国民に影響を及ぼし続ける。長くて36年判事を務めた人がいる。大統領の任期は4年。その実に9倍もの長さだ。

日本の最高裁の判事の名前を言えますか? 実際に先日、あるテレビ番組でご一緒させていただいた、10回も当選している衆議院の議員さんにも聞いたが、彼は一人も答えられなかった。あなたは何人言える? ゼロ? なんだ~、衆議院レベルかよ~。

しかし、アメリカ人の多くは現役最高裁判事の名前がほとんど言える。国民の常識だ。なぜか、コロンブスが率いた3隻の船、シンデレラが居候させてもらった7人の小人と9人の最高裁判事はだいたい言える。Netflixのパスワードを覚えられないのに!

メンバーに関する、ちょっとした豆知識もみんな知っている。初のヒスパニック系女性判事のソニア・ソトマイヨールとか、卑猥な冗談が好きなクラレンス・トーマスとか、赤ちゃんの血を吸って生きているサミュエル・アリートとか、判事1人につき何か一つを知っている。最後のはあくまでイメージだが。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

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