コラム

大江千里がつづる、人口激減「ビッグアップル」の今

2023年06月07日(水)17時30分

ブルックリンのアーティストが多い倉庫街の風景  SENRI OE

<コロナ禍の2021年にニューヨーク市では人口が12万人減。だがマンハッタンでは家賃が高騰し空室が増える現象も......>

コロナ禍で、ニューヨーク市では人口の大移動が起きたらしい。市内5つの行政区のうち3つで人口が激減。2021年に12万人の人口減だったニューヨーク市で、マンハッタン区だけは、21年から22 年にかけて1万7000人の増加。何が起きているのだろう。

「一度おいで」。そう言われ、友人が住むマンハッタンのアパートを訪れた。人気のウエストビレッジ地区の1LK。窓を開けると手を伸ばせば届く近さに隣のビル。この部屋の家賃は43万円、それなら彼の年収は推定1000万円か。「近々ニュージャージーに移る」。彼は笑った。

僕が住むブルックリン区でも同じように家賃の値上げ現象が起きている。人気のウィリアムズバーグ地区の1LKは30万円ほど。僕は13年付き合いがある大家の所有物件に移り住み、周りにコンビニこそないものの静かに暮らせている。ここに引っ越して3年がたつが、家賃は据え置き。とってもまれなケースだ。

家賃の高騰もあり、マンハッタンやブルックリンからニューヨーク市郊外のニュージャージー州などへ引っ越す人が増えている。コロナ禍に在宅勤務に変わったため郊外へ移り、必要に応じてマンハッタンへ出勤する人も多い。周辺都市では一軒家の価格が上がり、マンハッタンには空室が増える現象もある。

マンハッタンは、高級コンドミニアムが建つと完成前から売れてしまうような特殊な街だ。これは80年代から変わらないらしい。昔から何があろうと、地価が下がらない街だとニューヨーカーは言う。

家賃のために働いてでも、世界の一流を身近に感じられて刺激のあるマンハッタンの小さなアパートに住むか、家賃の安い郊外の広い家に住み刺激の少ない静かな生活を送るか。この2択はニューヨーカーには普遍的な悩みだ。

ニューヨークに住み続ける訳

だがコロナ禍とは関係なく、富裕層はもともとマンハッタンに物件を買うけど住まない。投資目的で持っているだけか、夏はハンプトン、冬はフロリダ、季節のいい秋にオペラを見にニューヨークへ戻るという使い方をする。ただ現在はお金に余裕のある人こそ、コロナ禍を境に郊外や他州に家を買い、リモートで仕事をしつつ都会にはない自然の中で家族と過ごす時間を手に入れている。

一方で、ニューヨークに残る人もいる。僕の周りで、コロナ禍でこの街を去った人は意外にも少ない。第一、十分な失業保険と国の補助を受けられたし、家賃も数カ月は支払い猶予が設けられ、支払えない人を追い出してはいけない規則もあった。

アメリカは貧富の差が激しくてもそれを是正するような法律があるので、EBT(磁気カードのフードスタンプ)で生活費を賄うこともできる。収入の低い人には、ニューヨーク市が家賃を格安にするプログラムがあり、コンディションのいいコンドミニアムに住めたりもする。

早々と出身地へ戻る人もいる一方で、犬のデイケアサービスやキャットシッターなどを副業にしながら音楽を続ける友人もいる。いろんな友達がさまざまな選択をする。でも残る人が多いのは、皆やはり、このニューヨークが好きだからだ。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story