コラム

コロナ禍でピアノを始める人が増加? 大江千里がつづる、今こそ「大人ピアノのススメ」

2023年02月25日(土)18時15分

少女と一緒にニューヨークの街角ピアノを弾く筆者 SENRI OE

<ピアノはボケ防止にも良いらしいし、今やスマホでも弾ける時代だ。15人に1人がピアノを弾くというアメリカから、大江千里がピアノの世界にご招待>

僕の友人は習い事を始めるのが大好き。乗馬やチェロにピアノと、次々に趣味の範囲を広げている。僕は彼女を「習い事上手」と呼ぶ。うまくやろうなんて思っちゃいないのだ。やっていて楽しいから、そんなシンプルな気持ちだけで生き生きしているのが羨ましいなと思う。

実はピアノがボケ防止になるという説がある。指先を動かすのがいいらしい。手は「第2の脳」と言われ、指を動かすと脳の刺激になる。右手と左手で同時に異なる動きをしたり、普段は使わない薬指や小指を意識したりするのも脳への刺激がある。

僕が知っている音楽評論家、小貫信昭氏の著書『45歳、ピアノ・レッスン!』には、楽器を人に習うのは初めてという彼が、ピアノを始めてビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」が弾けるようになるまでの悪戦苦闘がつづられている。

これが「ぞうさん」とか「むすんでひらいて」だったら本にはならなかったのかもしれない。彼の場合は、単なる習い事じゃなくて、ピアノであの名曲を弾けるようになる、という明確なゴールがあった。そういう理由でピアノを始める人もいるだろう。

あるデータによると、アメリカでは15人に1人がピアノを弾くという。僕が通っていたニューヨークの大学のジャズ科では他の楽器をやっている生徒の中でピアノを弾ける率が高く、しかもとてもうまかった。

彼らと話をすると、「子供の時に通っていた教会で、ゴスペルをみんなで歌うときにピアノやオルガンに触れる機会があったから」と口をそろえて言う。ピアノは習うより慣れろということか。

フランクに鍵盤と友達になる

そんなある日、飲み仲間でもある仲のいい編集者から、27年ぶりにピアノの世界へ戻ってきたという報告が来た。電子ピアノを買って、15歳まで習っていてやめたピアノを再開したのだという。

「いざ電子ピアノを買いに楽器店に行ったところ、コロナ禍で自宅に籠もるようになったせいか、『大人ピアノ』を始める人が増えているらしい」と彼女は言う。

ニューズウィークの中高年読者の中にも、ピアノをやってみようかな、という人がいるかもしれない。リアルピアノに近いハンマータッチにこだわるならば別だが、音源で鳴らすならある意味、鍵盤は小さくて軽いものでいい。

今や演奏は「GarageBand(ガレージバンド)」などの音楽制作アプリをダウンロードすれば、パソコンやスマートフォン上の鍵盤でも音が出る。僕の一昨年のアルバム『Letter to N.Y.』は、ステイホーム期間にこの方式で製作した「1人ジャズ」だ。

譜面なんてなくても、"こちょこちょ"くすぐって音を奏でるのがいい。気が向いたら1小節、ワンコーラスマスターするのに1年かかるのも楽しい。大事なのは「自由に鍵盤に触れる」感覚と「弾けるようになりたい名曲」をゴールにすることだと思う。

良いピアノじゃなくても、ダウンサイズさせた小さなピアノで、フランクに鍵盤と友達になれる楽しさ、これを僕は、強く勧めたい。

ピアノの良さは、言葉じゃ伝わらないような気持ちが通じることだ。そばにいる人が笑顔になるのもいい。触れれば音が鳴るのだ。弾いちゃいけない音なんてどこにもない。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、緩和的金融政策を維持へ 経済リスクに対

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 北西部の軍学

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story