コラム

通常モードに戻るタイミングを失った? 「なんとなく」マスク継続で覆面社会化する日本の不思議

2023年05月10日(水)08時40分

東京で5年ぶりに渡辺美里さん(右)と再会  SENRI OE

<政府が「もう外していいよ」と言っているのに外さないのは、マスクをすること自体が苦じゃないし安心だから? でも、ここはいっちょ、「着けるか外すか」を自分の「頭」で考え「意思」をもって選択したほうがいいんじゃないかなあと思う>

4月上旬、日本に一時帰国して、公共の場所でマスクをしている人がとても多いので驚いた。ニューヨークでは逆にノーマスクが主流であるが、圧倒的な数という印象はない。している人はしている。しない人はしない。自分の意思で決定している。

僕が見る限りだとコロナ前からコロナ後まで、徹底してマスクを着けているのは中国系アメリカ人。あの意志の強さはどこから来るのだろう。中国系の病院にかかっている僕は、彼らの陣地ではマスクを着ける。

帰国して仲のいい日本人と話すと、マスクをしている理由は「感染が少しでも防げるのであれば、外す理由が見つからない」のだそうだ。「でもマスクで感染を本当に防げるのかどうかと言われるとよく分からない」とも言う。これなのだ。誰にも分からない。それなら、マスクをするのか、マスクを外すのか――ううむ。

ただ、その友人にも感じたのだが、日本人は「なんとなく」マスク着用を続けているように僕の目に映る。この「なんとなく」「周りが着けているから」を続ける「流される感じ」は、16年間アメリカ暮らしをしている僕の目には異様に映る。

「私もね、考える余裕がないので、着けっぱなしなの」。さっきの友人がそう続ける。そうか、着けたままのほうが楽なので着け続けるのか。ただこれって、「通常」モードに戻る機会をみんなが失っているとは言えないか。

「個性」を消し、それを良しとする。そんな覆面社会を増長しているようにも見えてちょっと怖くなった。

日本へ向かう飛行機はどうだったか? 僕はデルタ航空を使っているが、マスク率、ほぼゼロ。マスク姿の客室乗務員も、ゼロ。逆に、実家のある大阪の電車やホームなどでのマスク率はほぼ100%に近かった。

政府が「もう外していいよ」と言っているのに外さないのは、マスクをすること自体が苦じゃないし安心だということなのかな。でも、ここはいっちょ、「着けるか外すか」を自分の「頭」で考え「意思」をもって選択したほうがいいんじゃないかなあと思う。マスクをしないとマナーをより気にするし、常に人との距離感を図るようにもなる。

羽田空港ではやっぱりマスク

東京で渡辺美里さんと食事をしたときのこと。イタリアンレストランのテラス席はマスクの人であふれ返っていた。「ニューヨークから来た人にニューヨークのお菓子を渡すのもなんだけど、おいしいので並んで買っちゃった」とチーズ菓子を差し出す美里さん。とても「らしいな」と思っていると、隣の席からは誕生日の方に対してお店の人たちが「ハッピーバースデー」を歌う声が聞こえる。

そして、あれ? この声はと思い隣を見ると、マスクを外し小声で「ハッピバースデー」を一緒に歌う渡辺美里の笑顔があった。自然にマスクを着けたり外したりする彼女の姿に僕はひそかに安堵を覚えた。

話を羽田空港に戻そう。フライトを終えたデルタの乗務員さんたちと空港ですれ違うと、彼らは全員がしっかりマスクを着用していた。日本=マスク。でもおそらく、普段着に着替えた彼らはすぐにマスクを外すだろう。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

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