コラム

ワクチン接種後の大江千里が見たニューヨークの現在地

2021年05月14日(金)12時00分

ニューヨークではレストランの屋外席が定番に(筆者撮影) SENRI OE

<ワクチン接種が進むニューヨークは7月1日の経済活動全面再開に向け、着実に開花しつつある。コロナ「戦争」を生き延びたこの街の今を大江千里がリポート>

蕾が膨らむ。ニューヨークでは5月7日より、レストランの屋内席の収容人数制限が75%に引き上げられる。ジムは5月15日より50%に引き上げ。4月29日より、16歳以上の全ての市民が1回目のワクチンを予約なしで接種できるようになった。

米疾病対策センター(CDC)は4月27日、マスク着用に関するガイドラインを更新し、ワクチン接種完了者(2回接種ワクチンの場合は2回目、1回接種ワクチンの場合は接種から2週間以上経過している者)は、同一世帯者との散歩や、屋外での小規模な集まり、屋外飲食がマスクをしないで可能になった(編集部注:5月13日、CDCはガイドラインをさらに変更し、ワクチン接種者は屋内外でのマスク着用義務を解除)。

2月10日に2回目のワクチン接種を完了した僕のところに、もう2クール目の接種の知らせが来た。副反応がひどかったので主治医に相談すると、医療の現場では「まだ1クール目の効果がどれほどか実証されてないので焦らなくていい」という見解だ。病院はのんびりしたものでPCR検査もワクチン接種も一般業務に近いノリで行われる。

街の様子はパンデミック前に戻りつつある。多くの店が既に廃業しており一見歯が抜けたような景色だが、人々はにこやかに食事をしたり街に繰り出したりするようになった。

ごった返したバスや地下鉄では隣に平気で人が座る。明らかに6フィート以内。ヤバイなと思いながら、今さら席を立つのもなとそのままいることもある。感染したとしてもひどくはならないという安心感からか、ジャッジも緩くなった。

「戦争」から日常へ

以前ほどの切迫感が無くなったのは、地獄を見たニューヨーカーたちがこの場合はリスクがあるなど、経験値である程度リスキーな生活をコントロールできるようになってきたからかもしれない。

昨年は、戦争だった。人がバタバタ死んだ。コロナに対して防戦一方だったところに、やっとワクチンという武器を手に入れた。ニューヨーカーが共に戦い、やっと「戦闘休止」になり、2度とあのトンネルへ戻らないという決意、それが「事実」をしっかり見極めることであり、マスク着用である。

僕はマスクを1枚の時と2枚の時を状況により変える。目の洗浄や鼻うがいを前より行う。明らかに公共の場で咳をする人が増えているし、この前もマスク越しに「ビールですね。ピルスナー」と言った店員のピを発声した時の唾がマスクを超え僕のおでこに届いた。

何が安全かは誰にもわからない。自分の命と他人の命、守るのは自分たちしかいない。人への敬意、連帯感が社会の根底に必要だとその規範をひたすら探す。

そんな中、僕は「パンデミック宅録ジャズ」を仕上げようと軽いキーボードとPCを抱え家中移動して11曲を完成させた。たった今仮ミックスが上がったので7月の発売には間に合う。

ビル・デブラシオ市長は、7月1日にニューヨークの経済活動を完全に開くと発表。これを書いている最中にもブロードウェイが9月に100%のお客を入れて再開することがアナウンスされた。蕾のような気持ちがほんの少しだけ膨らんできたのを肌で感じる。

<本誌5月18日号掲載>

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベセント米財務長官、インドに対する追加関税撤廃の可

ワールド

米、嵐で16万戸超が停電・数千便が欠航 異常な低温

ワールド

市場の投機的、異常な動きには打つべき手を打っていく

ワールド

米ミネアポリスで連邦捜査官が市民射殺 移民取り締ま
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 6
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 7
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 8
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story