コラム

死者2万人に迫るリビア大洪水「決壊したダムは20年以上メンテされてなかった」

2023年09月20日(水)13時10分

とはいえ、そこにはリビア固有の「人災」としての顔もある。

大洪水の後、デルナのマドウルド副市長は決壊したダムが2002年からメンテナンスされていなかったことを明らかにした。つまり、老朽化したダムの放置が壊滅的な損害をもたらしたとみられるのだ。

「ダムに亀裂があるといったのに...」

もともとワディ・デルナ河は定期的に氾濫を繰り返してきた。第二次世界大戦中の1941年には、この地に駐屯していたロンメル将軍率いるドイツ・アフリカ軍団の戦車部隊が濁流に呑み込まれたという記録もある。

1960年代に治水の必要がいわれるようになり、ユーゴスラビアの支援によって上流のアル・ビラドダム(150万立方メートル)と下流のアブ・マンスールダム(2,250万立方メートル)は建設された。

その後もワディ・デルナ河はしばしば氾濫を起こしたが、二つのダムはデルナを防衛した。最後の氾濫は2011年に記録されている。

しかし、近年では老朽化が目立ち、専門家だけでなく地元住民からも不安の声があがっていた。あるデルナ市民は欧州メディアの取材に「ダムに亀裂が入っていると先週、地方政府にいったのに、誰もまじめに聞こうとしなかった」と主張している。

老朽化したダムが放置されてきたのは、この国の政治に原因がある。

リビアでは1969年にムアンマル・カダフィがクーデターで実権を握った。腐敗した王政を打倒して革命政権を樹立したカダフィは、当初こそ国民生活の向上に努めた。氾濫を繰り返していたワディ・デルナ河に二つの近代的ダムが建設されたことは、これを象徴する。

しかし、その治世の後半にリビアの社会経済は停滞の一途をたどった。政治家や公務員が賄賂を受け取ることばかり考えるなか、インフラのメンテナンスといった地道な作業は放置されたのである。

二つの政府が並び立つ国

こうした状況に拍車をかけたのが、リビアの戦乱だった。

カダフィ体制は2011年、北アフリカ一帯に広がった政変「アラブの春」のなかで崩壊した。腐敗した体制を打倒して登場したカダフィは、腐敗した独裁者として倒されたのだ。

その後首都トリポリには選挙を経た政府が発足したが、国内には軍事勢力が林立し、戦火は全土に広がった。デルナにはシリアやイラクを追われた過激派組織「イスラーム国(IS)」のメンバーが流入し、一時は街を牛耳るほどの勢力になった。

さらに2014年、リビア国民軍(LNA)を名乗る武装組織の連合体が東部一帯を掌握し、トリポリの暫定政権と対立するに至った。いわば二つの政府が並び立つなか、デルナはLNAの支配下に置かれたが、その後もイスラーム主義者とLNAの間で戦闘も散発的に続いてきた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story