コラム

G7議長国・日本が「グローバル・サウスと橋渡し」するなら、民主主義よりプラグマティズムで

2023年05月19日(金)13時50分
平和記念公園を訪問するG7首脳

平和記念公園を訪問するG7首脳(5月19日、広島) Susan Walsh/Pool via REUTERS

<日本政府は何も価値観をアピールせず、実利に徹した協力を優先させる方が途上国・新興国を惹きつける力になる。中ロのように相手国の政府のみをパートナーと捉えるのでもなく、市民生活に重点を置いた支援に注力すべきだ>


・日本政府は途上国・新興国とG7の橋渡しをする方針である。

・しかし、民主主義や人権といった価値観を強調するだけでは橋渡しは難しく、むしろ価値中立的なゴール設定が途上国・新興国へのアピールになる。

・その場合の一つの方策は、貧困対策など一般の人々の生活支援に力を入れることで、中ロと差別化を図ることである。

「G7とグローバル・サウスの橋渡しをする」と岸田文雄首相は強調するが、その目的を達成するなら民主主義よりプラグマティズム(実用主義や実際主義と訳される)を優先させるべきだろう。

民主主義の限界

ウクライナ戦争や台湾危機を念頭に、朝比奈一郎氏はG7広島サミットで日本政府が「緩い民主主義」をアピールすべきと論じる。欧米のように「上から目線で」民主主義を説くのではなく、多くの人が合意できる日本式のやり方で途上国・新興国の納得感を得るべき、というのだ。

歴史を振り返ると、欧米で民主主義が発達したことは間違いないが、欧米が民主主義を政治的に利用してきたこともまた確かだ。

冷戦終結後、人権や民主化を理由に途上国向け援助を停止することは増えたが、欧米と外交関係のよい国の問題はスルーしがちといったダブルスタンダードは珍しくない。

だからこそ、欧米とりわけアメリカが中ロを念頭に「民主主義vs権威主義」のイメージをいくら強調しても、途上国・新興国からシラけた反応が珍しくないのは不思議でない。

これに対して、その良し悪しはともかく、日本政府はこれまで外国の内政に立ち入ることが稀で、人権や民主主義を強調することもほとんどなかった。

だとすると、朝比奈氏の論考は実態に即した、冷静で建設的な議論として傾聴すべきだろう。

沈黙は金

ただし、あえていうなら、筆者はむしろ日本政府が何も価値観をアピールしないことを推奨する。何らかのイデオロギーを打ち出すより、実利に徹したプラグマティズムを優先させる方が、よほど途上国・新興国を惹きつける力になると考えられるからだ。

そのヒントは、なぜ中ロが途上国・新興国で勢力を伸ばしてきたかにある。

中ロの勢力拡大に関してよく言われるのは「中国の資金力、ロシアの軍事力」だが、それは事実の一端に過ぎない。

無視できないのは、中ロが基本的にイデオロギーを打ち出さず、これがかえって価値観'過剰'な欧米に辟易していた途上国・新興国で受け入れられやすかったことだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、選挙での共和党不振「政府閉鎖が一因」

ワールド

プーチン氏、核実験再開の提案起草を指示 トランプ氏

ビジネス

米ADP民間雇用、10月は4.2万人増 大幅に回復

ワールド

UPS貨物機墜落事故、死者9人に 空港は一部除き再
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story