コラム

「犠牲を払ってもウクライナ解放」vs「今すぐ停戦」──国際世論調査にみる分断

2023年04月10日(月)19時50分

西側は結束しているか

今回の調査結果について、ECFRは「西側ではそれ以外と比べて、ウクライナ支持が鮮明になった」と評価している。

実際、先のデータをみれば、中ロだけでなくインドやトルコでも「全面解放」は多くないが、新興国・途上国のウクライナ戦争への反応については以前にも取り上げたので今回は割愛する。

むしろここでのポイントは、ECFRの評価とは裏腹に、今回の調査結果から、西側のなかでも分断の大きいことがうかがえることだ。

例えば、アメリカでは「全面解放」が34%を占めた。これは項目別では最多の回答だった。

ただし、裏を返せば、アメリカ人の6割以上はウクライナからロシア軍を追い出すことを何より優先させるべきとは考えていない。

さらに、アメリカで2番目に多かった「即時停戦」は全体の21%で、「全面解放」との差は13ポイントにとどまった。この差はEUではさらに小さく、8ポイントにすぎない。

これに対して、例えばインドでは「即時停戦」(54%)と「全面解放」(30%)の差が24ポイントで、トルコでは同じく21ポイントだった。

つまり、西側では項目別で「全面解放」支持が多いとしても、それ以外の選択肢との間の差は相対的に小さく、イギリスなど一部を除けば意見の分断がむしろ目立つのだ。

だとすると、「西側の結束が明らかになった」というECFRの評価には、やや誇張がある。

なぜウクライナを支援するか

西側のなかの分断はウクライナを支援する理由についてもみられる。

日米をはじめ西側の政府はしばしばウクライナ戦争を「民主主義vs権威主義」の文脈で語ってきた。

しかし、今回の調査結果から、多くの人がそう考えていないことも浮き彫りになった。

アメリカの回答者のうち、「アメリカが'民主主義を守るため'ウクライナを支援している」と考えるのは36%だった。これは項目別では最多だが、それでも4割を下回る。

mutsuji230410_2.jpg

これがアメリカ以外ではさらに冷めていて、EU平均では16%に過ぎず、アメリカと特別な関係にあるイギリスでさえ20%にとどまった。「アメリカは民主主義のために立ち上がった」という宣伝をまともに信用している人は、決して多くないのだ。

mutsuji230410_3.jpg

一方、「ヨーロッパがウクライナを支援する理由」については、ヨーロッパ各国を含む西側全てで「自分の安全を守るため」と考える人が最も多かった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

マスク氏資産6000億ドル、史上初 スペースX評価

ビジネス

米エヌビディア、オープンソースの最新AIモデル公開

ワールド

トランプ氏、香港紙創業者の有罪「残念」 中国主席に

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアが和平努力拒否なら米に長距離
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story