コラム

「犠牲を払ってもウクライナ解放」vs「今すぐ停戦」──国際世論調査にみる分断

2023年04月10日(月)19時50分

'民主主義'と'安全'の違いは大きい

民主主義という価値観は美しいかもしれない。だから各国政府はリソース動員のレトリックとして多用するのだが、それを強調しすぎれば他の原理原則と妥協の余地はなくなる。つまり、正面衝突に行きつきやすい。

逆に、安全の重視は、状況次第で利己的ともいわれかねないが、矛盾、価値観の違い、好悪の感情などを二の次にすることもできる。良し悪しはともかく、それは国際政治の常態といえる。

アメリカは2001年、「自由とテロの戦い」を掲げてアフガニスタンに侵攻した。それが2021年に撤退したのは、自由や民主主義が達成できたからではなく、駐留の負担が大きくなりすぎ、さらにタリバンとの取引でアメリカの利益と安全を確保する目処が立ったからだ。

このように安全を重視する考え方は、ロシアがウクライナ以外を攻撃しないと確信できるなら、「即時停戦」に結びつきやすい。

自国を優先すべきと考える市民が増えていることは褒められた話ではないかもしれないが、西側によるウクライナ支援が第三次世界大戦に発展しかねないという懸念だけでなく、インフレで生活が悪化するなかでは不思議でない。

それを理解しているからこそ、ロシアはウクライナ支援国に嫌がらせや脅迫はしても、攻撃を加えてこなかったといえる。逆にウクライナ政府が「これはウクライナだけの問題ではない」と強調してきたことは、西側がロシアと取引しないようにするためといえる。

どちらも西側の世論動向を見極めようとしていることは間違いないだろう。

巨額の復興資金を誰が負担するか

こうした世論の行方に関わるとみられるのが、復興支援の問題だ。破壊されたウクライナの復興には、最低でも4110億ドルが必要と試算されている。

これを誰が負担するのか。

当たり前に考えれば、侵攻したロシアだ。しかし、ロシアが編入したと主張する東部ドンバスを除けば、モスクワが占拠でもされない限り、プーチン政権が復興資金を出すとは考えにくい。

これまで凍結されたロシアの海外資産の売却も検討されているが、実現しても3000億ドルほどとみられていて、十分とはいえない。

その場合、これまでの行きがかりから、西側がある程度負担せざるを得ない。西側が躊躇すれば、その間に中国がウクライナを「一帯一路」に組み込むため資金協力することは目にみえているから、なおさらだ。

昨年だけでもアメリカはウクライナに約100億ドル提供したが、復興資金はまさにケタ違いになると見込まれる。ウクライナ東部では戦闘が泥沼化しており、長期化するほど復興に必要な資金が膨らむ。

今はあまり語られなくても、この問題もまた長期的に西側の世論に影響を及ぼすとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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