コラム

海外から中国に移送される台湾人──犯罪人引渡し条約の政治利用とは

2021年12月06日(月)12時55分

これに対して、台湾政府は「中国には台湾人を裁く権利はない」と主張しており、例えば2017年にカンボジア当局が少なくとも31人の台湾人を詐欺容疑で逮捕した際にはその引渡しを要請した。しかし、カンボジアはこれを無視して彼らを中国に引渡した。

重要なことは、こうした対応をとる国が、カンボジアのように明らかに中国寄りの立場をとる国だけでないことだ。それは中国の影響力と「一つの中国」の方針の広がりを象徴する。

台湾人が公正な裁判を受けられるか

その一方で、台湾人の中国引渡しには人権の観点から問題が指摘されている。SDによると、これまでの事例の多くでは、逮捕された台湾人が台湾当局や家族との連絡を絶たれたまま中国に引渡されたという。

さらに、中国に送られた台湾人がどのような扱いを受けているかが不透明なことも問題視されている。中国の司法は三権分立とほど遠く、政治的判断に大きく影響されるからだ。

例えば、中国当局は2018年末に2人のカナダ人を逮捕し、翌2019年初頭には別のカナダ人一人が麻薬所持の容疑で逮捕されたうえ裁判で死刑判決を受けたが、これらはいずれもカナダ政府が香港の人権問題を強く批判した他、中国の通信大手ファーウェイ幹部を逮捕したことへの報復とみられている。

「引渡された台湾人が迫害・虐待されたり、深刻な人権侵害に直面したりするリスク」への懸念は、最も引渡し数の多いスペインでも人権団体などからあがっている。それだけでなく、国連人権高等弁務官も2019年、スペイン政府に対して慎重な対応を求める異例の勧告を行なっている。

人権外交のなかの「犯罪者引渡し」

ただし、少なくとも先進国では、今後こうした対応が継続するかは疑わしい。

香港問題が関心を集めるなか、2020年以降、カナダ、イギリス、オーストラリアなどは中国や香港との間で犯罪人引渡し条約の停止の応酬に至っている。欧米側には「民主主義の運動家」である香港のデモ参加者を引渡すことへの拒絶があり、中国側には「暴動を扇動した犯罪者」を匿う欧米への不信感がある。

こうした人権をめぐる対立が激化するほど、それが一般犯罪者であっても、台湾人を中国に引渡すことに先進国が否定的になっても不思議ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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