コラム

イスラエルはコロナワクチン接種の「成功例」か──捨てられる人々

2021年05月01日(土)12時30分

その一方で、パレスチナでのワクチン接種は進んでいない。

グローバルなワクチン争奪戦において、貧困の蔓延するパレスチナの立場は弱い。そのため、3月末までにWHOを通じてファイザー製が37,440回分、アストラゼネカ製が24,000回分、それぞれ提供された他、ロシア製の30,000回分がアラブ首長国連邦(UAE)などから提供されたにとどまる。また、イスラエル政府は5,000回分のワクチンをヨルダン河西岸に提供すると発表したが、それを加えても二回接種しようとすれば人口の約1%分しかワクチンがないことになる(4月には中国からもワクチンが提供された)。

ユダヤ人の居住地域で就労し、ユダヤ人と接触する公算の高いパレスチナ人に対しては、イスラエル政府はいわば特例としてワクチン接種を認めているが、それでも3月末までの時点で全人口の4%程度にとどまるとみられている。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は1月、「イスラエル政府にはパレスチナ人にも平等にワクチンを接種する責任がある」と声明を発表しているが、これに対してイスラエル政府はガザの封鎖やヨルダン河西岸の占領政策には触れないまま「パレスチナ人の健康はパレスチナ暫定政府が責任を負うべき」と主張し、自らの責任を認めていない。

コロナが浮き彫りにした矛盾

念のために繰り返せば、イスラエル政府が多くの国と比べて、国民向けのワクチン接種をスピーディーに行なってきたことは確かで、この点は高く評価されて然るべきだろう。

しかし、それのみを強調し、ひたすら持ち上げることは、イスラエルによって放置される人々を無視することにもなりかねない。イスラエルを独立以来一貫して支援してきたアメリカでは民間メディアでも「イスラエルの成功」のみが宣伝されやすく、アメリカメディアからニュースを買うことが多い日本メディアも同様だ。それはイスラエル政府の責任を問わないことにつながる。

コロナは世界を一変させた一方、これまでにあった矛盾を改めて浮き彫りにしたが、パレスチナ占領と格差、そしてそれを半ば無視する世界はその象徴といえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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