コラム

なぜ日本では「世の中への報復」がテロではなく通り魔を生むか

2019年06月06日(木)12時36分

このように負のエネルギーを集積する場がない(それがあった方がよいと言っているわけではない)ことは、「世の中への報復」を意識した者が単独で、しかもメッセージなしに凶行に及ぶ土台になる。日本でテロリストより通り魔が目立つことからは、諸外国と比べても孤立しやすい社会のあり方をうかがえるのである。

孤立した凶行を防ぐために

こうした日本社会に特有の状況は、破壊衝動にかられる者への対応で、他国にはない難しさを浮き彫りにする。通り魔が目立つことは、少なくとも同時多発的、組織的な犯行になりにくいことを意味する一方、テロリストの場合よりも行動を事前に予測・警戒することが難しい。

どの国でも当局によるテロ対策は、拠点となる組織や指導者をマークすることが中心になる。そこには、過激な説法をするイスラーム聖職者やオピニオンリーダー的な白人至上主義者が含まれ、彼らを糸口に関係者や予備軍を洗い出すことが一般的だ。日本でも公安調査庁などは主にオウム真理教やその後継団体アレフ、革マル派、在特会などをマークしている。

しかし、通り魔の場合、その予備軍はネット空間でもリアル空間でも孤立しやすいため、それまでに家庭内暴力を含む何らかの犯罪や迷惑行為が明るみになっていなければ、当局が事前に絞り込むことは不可能に近い。そのうえ、低所得、ひきこもり、メンタルな問題などはそもそも警察の担当ではなく、こうした問題を担当する社会福祉事務所などは治安機関との情報共有をほとんど想定していない。

こうした情報不足は、通り魔事件の発生を事前に兆候を察知することを難しくする一因といえるだろう。

だとすると、破壊衝動を隠せない者でさえ、良くも悪くも身内に支えられることが多い日本では、家族・親族による情報提供の重要性がこれまでになく増していることになる。身内意識に縛られる人は多いが、少なくとも危険な兆候がある場合、その情報を可能な限り共有することが、不当な暴力の蔓延を防ぐうえで欠かせないだろう。それは社会のためであると同時に、少なくとも身内自身が手を下すより、よほど理性的な判断のはずだ。

ただし、あらゆる個人の問題を「家族が対応するべき」と決めつけたり、何かあれば家族・親族まで罵詈雑言を浴びせられたりする風潮が多少なりとも改められなければ、身内が事前に情報提供することすら難しくなりやすい。その意味で、通り魔による悲惨な犯罪を減らすためには、社会に適応するのが難しい者を抱える身内だけでなく、社会全体の対応もまた問われているといえるだろう。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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※6月11日号(6月4日発売)は「天安門事件30年:変わる中国、消せない記憶」特集。人民解放軍が人民を虐殺した悪夢から30年。アメリカに迫る大国となった中国は、これからどこへ向かうのか。独裁中国を待つ「落とし穴」をレポートする。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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