コラム

なぜ日本では「世の中への報復」がテロではなく通り魔を生むか

2019年06月06日(木)12時36分

強いて言えば、テロリストが社会変革を叫ぶのに対して、通り魔は自己発散そのものに重点があるといえる。

テロリストより孤立する通り魔

この区分けに沿っていうと、これまで日本でも政治的、宗教的なテロはあったが、諸外国と比べると圧倒的に少ないといえるだろう。

なぜ、日本ではテロリストではなく通り魔が目立つのか。一言で言えば、社会に破壊衝動を抱きやすい者を吸収する場が、日本ではほとんどないからだ

日本では社会に適応するのが難しい者が家族・親族に世話されることが多いが、身内でもあくまで独立した個人として扱う欧米圏では、成人後は家から追い出されることが珍しくない。そのような場合、安定した職がなく、また公的支援も受けず、孤立した個人に居場所を与える役割を、宗教関係者や慈善団体が担うことが多い。

しかし、全てがそうではないが、それらのなかには過激な説法をするイスラーム聖職者(あるいはキリスト教の牧師)などが運営する団体もある。そうした人的ネットワークのなかで「君は悪くない。悪いのは世の中で、これを正す必要がある」と吹き込まれ、過激な思想を自分のものとする者は少なくない。多くの国では政治集会やデモなどに参加するハードルが日本ほど高くないが、これもリアルな結びつきを生み、他人と主義主張を共有する場になる。

つまり、ネット空間だけでなくリアル空間で居場所を見つけることで、人生がうまくいかない者は過激思想に接触する機会が生まれやすいといえる。そのため、たとえ犯行そのものは単独のいわゆるローン・ウルフ型だったとしても、テロリストの多くは特定の勢力の影響を受けている。ボストン・マラソン連続爆弾テロ事件(2013)の犯人ツルナエフ兄弟も、今年3月のNZクライストチャーチのモスク銃撃事件のタラント容疑者も、この点でほぼ共通する。

これに対して、日本の場合、もともと無宗教な人が多いこともあって、宗教施設がコミュニティになることは少なく、また政治活動に参加する人も多くない。これは一般的な社会生活を送る人でもだが、ひきこもりだったりすればなおさらだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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