コラム

静かに広がる「右翼テロ」の脅威―イスラーム過激派と何が違うか

2018年03月01日(木)14時00分

NSU事件を受けて、ドイツではNSU、イスラーム過激派「イスラーム国(IS)」、極左組織「ドイツ赤軍派(RAF)」などそれぞれの専門家が参加したシンポジウムが開かれ、このなかでドイツ連邦議会でNSU調査を担当したクレメンス・ビニンガー議員は「治安機関は極右過激派に目を向けることはなく、彼らの思考スタイルはあまりに因襲的すぎた」と批判。これはつまり「『白人右翼によるテロはないだろう』という思い込みがあった」ということです

さらに、RAFに詳しいジャーナリスト、バッツ・ピータース氏はNSUメンバーが20年近く偽名でドイツ東部に潜伏し、その間ほとんど活動せず、RAFやISと異なりほとんど何もメッセージを発しなかったことが、ドイツ社会における「白人右翼テロへの警戒感」を生まなかったと指摘。その結果、ドイツ治安機関の要注意人物に関する、全国で共有されるデータベースにNSUメンバーは掲載されていませんでした。

つまり、イスラーム過激派や極左過激派と異なり、NSUには組織的にメッセージを発する仕組みや宣伝が乏しく、その意思もほとんど見受けられませんでした。これに加えて公的機関の警戒も薄く、そのなかで白人右翼テロは静かに広がっていったといえます。

軽視されやすい右翼テロ

これは他の国にも共通する特徴といえます。これまで紹介したどの白人右翼テロの事例でも、イスラーム過激派や左翼過激派と比べて、自らの行為の正当性に関するアピールは稀です。さらに、先述の米国インベスティゲイティヴ・ファンドの調査でも、イスラーム主義者と比べて白人右翼に対する監視は乏しく、結果的に事件を未然に防げない率が高いことが報告されています。

外国人や少数派に対する警戒感が強まるなか、その国で支配的な民族や宗派によるテロ活動は見過ごされやすく、発生しても個人的な犯罪と扱われがちです。先述のように、白人右翼テロは明らかに社会的背景に基づく「テロ」ですが、多くの場合個人の「ヘイトクライム」と扱われやすく、このことは「『多数派』によるテロ」を増長させる土壌になるといえるでしょう

「『多数派』によるテロ」は欧米諸国だけでなく、モディ政権に近いヒンドゥー過激派によるムスリム迫害が目立つインドや、軍や過激派仏教僧によるムスリム迫害が世界中から関心を集めるミャンマー、逆に政府の「イスラーム化」にともなってキリスト教会関係者などへの襲撃が相次ぐトルコなど、多くの国でみられることです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米連邦地裁、H─1Bビザ巡る商工会議所の訴え退ける

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡 ガス漏れか

ビジネス

午前の日経平均は続伸も値幅限定、クリスマス休暇で手

ビジネス

歳出最大122.3兆円で最終調整、新規国債は29.
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story