コラム

路線バスに代わるAIデマンド交通は、ラストマイル対策の最適解か

2021年10月29日(金)19時40分

新たなモビリティサービスを導入する際に問題となるのが交通事業者からの反対だ。伊那市は人口7万人弱とはいえ、産業が発達しており、バスやタクシーの台数はそれなりにある。以前より開催していた地域公共交通会議を使って、バスやタクシー事業者と実証実験の段階から議論を重ねた。市はタクシー車両を12台タクシー会社から借り上げた。依頼を受けたタクシー会社の乗務員も好意的に感じているようだ。その財源はこれまで市が公共交通に当てていた予算だ(国の特別交付税で大部分を補填)。

対象は65歳以上に限定した。登録が必要で、予約方法はスマートフォンの使えない高齢者に配慮して、コールセンターを中心にした。しかし、コールセンターは費用がかかるため、スマートフォンやインターネットを販売する地元のケーブルテレビと連携して、ケーブルテレビのリモコンやスマートフォンでも予約を可能にして割引を適用するなどして誘導を図っている。

伊那市はSAVSを使ったAIデマンド交通の経験を基に、ドローン配送、移動診察車(モバイルクリニック)による「医療MaaS」、移動市役所(モバイル市役所)の「市役所MaaS」も展開している。

なぜ最先端のモビリティサービスの活用が伊那市で進んでいるのかと職員に聞くと「自治体DXを市長がよく理解し、それをどう効率よくサービス提供するか職員が試行錯誤を重ねているからではないか」と話す。

kusuda211029_ai2.jpg

伊那市提供

AIデマンド交通が自動運転の基礎を築く

自動運転とAIデマンド交通を経験する伊那市の職員は、仮に無人の自動運転の車両が利用できるようになった場合は、このぐるっとタクシーの車両が徐々にそれに置き換わっていく形をイメージしている。

2021年9月21日から10月31日まで、日産自動車とNTTドコモが横浜みなとみらいで、AIデマンド交通を使った実証実験を実施している。NTTドコモは未来シェアとも連携していて、これまで21都道府県、46エリアで、約48万人の運行実績がある。日産は2018年と19年に商用EV「e-NV200」ベースの自動運転車両を用いて実証実験を重ねてきている。筆者はそれに試乗する機会を得た。今すぐの活用は難しいが、法整備とともにAIデマンド交通が入っている地域から、自動運転が実用化されるのだろうということを実感した。

現時点ではまだ成功事例の少ないAIデマンド交通であるが、デマンド交通のサービスを磨き上げていくことは、多くの人が待望する自動運転の導入の基礎を築くことにもつながる。さまざまなテクノロジーや知恵を出し合い、精度を高めていってほしいと思う。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米労働生産性、4─6月期は3.3%上昇に上方改定 

ビジネス

米新規失業保険申請は8000件増の23.7万件、予

ビジネス

米ADP民間雇用、8月は5.4万人増 予想下回る

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story