コラム

トヨタ福祉車両の第一人者に聞く、「移動弱者」と日本のこれから

2021年07月28日(水)20時00分

──いま注力しているのはどんなことか。

車いすでの長距離クルマ移動を快適なものにするために、座席角度を変更できる車いすを独自に作った。

通常、車いすのままクルマに乗ると視線が20センチ高くなる。地面がよく見える一方で、遠くを眺めることができなくなって酔いやすくなる。また背もたれが垂直に近く、カーブで曲がった時に左右に揺れやすい。座面が水平のため、体幹の筋肉が弱いと座っているだけでずるずると下に滑り落ちてしまう。

他にも車いすの固定にかかる手間や時間をできるだけ短くしたい。クルマに車いすを固定するためには、スロープを出したり、フックを掛けるなど16もの作業が必要になる。介助する家族や施設スタッフの負担にもなっている。また路線バスに車いす利用者が乗ろうとすると、バスの乗務員がスロープを出したりフックを掛けて固定したりして乗車が済むまでに約6分かかる。待たされる他の利用者にとってもストレスとなってしまう。

そこで車いすメーカーが中心となり、自動車メーカーとともにワンタッチで車いすをクルマやバスに固定できるように試行錯誤している。地面から同じ高さと太さのバーをすべての車いすに取り付けることさえできれば、高齢者や障害者の車いすでのクルマ移動は劇的に変わるだろう。これはベビーカーにも応用できる。このワンタッチ固定について、経済産業省と連携して日本発のISOの規格を作ろうとしているところだ。

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ワンタッチ固定の車いすと車両 筆者撮影


高齢者の外出が、障害者の外出を変える

──福祉車両と向き合うなかで、実現したい社会のイメージはあるか。

(トヨタによる試算では)日本には足腰の弱い障害者よりも、足腰の弱い高齢者の方が約5倍多い。外出しない高齢者は多いが、彼らが車いすや福祉車両に乗って外出するようになれば、その他の人にとっても必然的に移動弱者に触れる機会が増える。そうすることで高齢者だけでなく、障害者に対する理解も進んでいくのではないかと期待している。

結果としてトヨタの福祉車両は販売台数を減らすかもしれないが、それでもいい。他の自動車メーカーで福祉車両を手掛けている担当者との交流も活発だが、そういった意識の人は多い。

福祉車両を通して少しでも多くの高齢者や障害者がいきいきと外出できるような、そんな理想とする社会に近づけていきたいと思っている。

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プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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