コラム

「祖国防衛者の日」を迎えたロシアと情報作戦、歴史戦、サイバー戦

2017年02月24日(金)19時50分

また、西側との関係が悪化するにつれてロシア政府は自国を非難する西側のメディアに神経を尖らせており、「軍事ドクトリン」などの国防・安全保障政策文書でも外国のメディアやNGOに対する警戒感が示されるようになっている。

「歴史戦」と愛国教育

koizumi2.jpg
ロシア国防省が設立した「愛国者公園」(筆者撮影)

ロシア国防省はいわゆる「歴史戦」にも力を入れている。

ロシアにしてみれば第二次世界大戦におけるソ連はドイツの侵略を受けた被害者であり、ナチズムの悪夢から欧州を救った解放者でもある。

だが、たとえばバルト三国は第二次世界大戦でソ連に併合されたことを「侵略」と捉えており、ロシアとは歴史観で真っ向から対立する。

特にエストニアでは、ソ連軍兵士の像を「侵略者」として撤去するか「解放者」として残すかで紛糾して政治的問題に発生し、ロシア発と見られるサイバー攻撃でエストニアの重要インフラが麻痺した事件まで発生した(その後、NATOはエストニアの首都タリンの名を取った「タリン・マニュアル」という文書を作成した)。

ロシアと事実上の戦争状態にあるウクライナも、最近になって「祖国防衛者の日」を祝うことをやめた。

このように、歴史問題はそのまま現在の国際関係にも直結してくるだけに、ロシア国防省は国民の歴史観づくりや愛国教育に熱心だ。

独伊のファシズムや日本軍国主義と戦ったソ連という立場を積極的にPRする「歴史戦」にくわえ、モスクワ郊外に国防予算で巨大な武器展示場兼公園を建設して若者の愛国教育を行うなどしている。

「情報」と「サイバー」

「情報作戦部隊」に話を戻すと、その活動範囲はさらに幅広いものである可能性もある。

たとえば国営紙『ロシア新聞』2月22日付けは、「公開情報によると」と断った上で、「情報作戦部隊」とは次のような組織であると紹介した。


情報作戦部隊:軍のコンピュータネットワークの管理及び防護、サイバー攻撃に対するロシアの軍用指揮通信システムの保護、それらに関する情報の保護を主任務とするロシア軍の編成。情報作戦部隊は各種サイバー部隊が実施する作戦の調整及び統合並びにサイバーに関するロシア国防省のポテンシャルに関する専門的管轄を実施するとともに、サイバー空間におけるその活動範囲を広げるものである。

以上から明らかなように、ここでは「情報作戦部隊」は一般的にいうサイバー戦部隊として描かれている。

もともとロシアの安全保障政策では、情報戦とサイバー戦は一体のものとして扱われる場合が多く、政策文書においても「情報安全保障ドクトリン」として単一の分野とみなされてきた。

もちろん、敵の重要インフラや軍用システムをハッキングするようなサイバー戦と、いわゆる情報戦(宣伝戦や情報窃取など)には大きな溝があるが、米大統領選へのロシアの介入疑惑に見られるように両者が重なり合う領域も存在することも事実である。

また、2014年のウクライナへの軍事介入では、前述した宣伝戦と並行してウクライナ政府機関へのサイバー攻撃も展開された。

こうしたサイバー戦を専門に担う機関を設立しようという話は5年ほど前からロシア軍内で浮上しては消えていたのだが(主に管轄権争いによるところが大きい)、『ロシア新聞』の描く「情報作戦部隊」像が正しければ、ロシアにもついにこうした部隊が発足したことになる。

将来の「祖国防衛者」は

第二次世界大戦後、戦争が原則として違法化され、正面切った宣戦布告とともに国家間が戦争を行うという機会は著しく減少した。

まして現在のロシアがNATOと事を構えるのはあらゆる面で無謀である。代わりにロシアが編み出したのが、平時とも有事ともつかない状況下で軍事介入を行うという、いわゆる「ハイブリッド戦争」であったわけだが、この種の軍事介入では情報や過去の歴史的経緯に関する人間の認識が死活的に重要な役割を果たす。

あるいはサイバー空間が実際の戦場と並ぶ闘争の場となり、インフラの破壊や情報戦が展開される。

「祖国の防衛者」の手遊び歌に出てくるのは、いずれも古典的な戦争を戦う兵士たちばかりだ。しかし、そこにもそのうち「ハッカー」や「歴史家」が加えられるのかもしれない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IBM、コンフルエントを110億ドルで買収 AI需

ワールド

EU9カ国、「欧州製品の優先採用」に慎重姿勢 加盟

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story