コラム

ロシアの新たな武力機関「国家親衛軍」はプーチンの親衛隊?

2016年04月13日(水)16時30分

 では、新設される国家親衛軍は従来の国内軍とはどのように違うのか。前述の大統領令によると、今後、連邦国家親衛軍局という行政機関が内務省から独立して設立され、国内軍は同局の管轄下に移管されることになるという。さらに、同じ内務省管轄下であっても、国内軍ではなく警察に属していた特別任務機動隊(OMON、概ね日本の機動隊に相当する鎮圧部隊)、警察特殊部隊である迅速反応特殊部隊(SOBR)、内務省航空隊、内務省系列の国営警備会社「オフラナ」も国家親衛軍局の管轄下となる。

 いうなれば、内務省には主として純粋な警察組織が残され、強力な武装組織は国家親衛軍へ集約されるという構図だ。連邦国家親衛軍局長官は国家親衛軍総司令官を兼ね、国家安全保障会議の常任委員となるから(国内軍総司令官は国家安全保障会議に席を有しなかった)、国防大臣や内務大臣とも同格ということになり、政治立場も大きく格上げされる。初代長官兼総司令官にはこれまでの国内軍総司令官であったヴィクトル・ゾロトフ上級大将が任命された。

以前にもあった国家親衛軍構想

 では、国家親衛軍を設立したプーチン大統領の思惑とはいかなるものだろうか。

 実は国家親衛軍設立の話はプーチン政権の初期から繰り返し持ち上がっては消えてきた経緯がある。たとえば2002年には、国内軍の地域機構を3個地域コマンドと2個地域司令部の5個体制として当時の軍管区と一致させるとともに、国内軍を国家親衛軍に改組する動きが見られた。

 この構想を主導したティホミロフ国内軍総司令官(当時)によれば、当時、国内軍の主任務はチェチェンでの治安作戦であり、これに国内軍を最適化させることが国家親衛軍設立の主眼であった。

 ここで重視されたのは、国内軍を軍と警察のちょうど中間的な組織へと再編することである。具体的には、それまで国内軍が担っていた刑務所の警備など司法関連の任務は法務省へと移管する一方、過度な重装備や軍隊並みの重編成は改めて対テロ戦や掃討作戦に向いた小型・軽武装の編成へと移行するとともに、人員を17万人まで削減すること、さらに徴兵主体の人員構成を志願兵主体へと移行させることなどが主な課題としてあげられた。

 この構想は部分的には実現したものの(司法関連任務の分離や小型編成への移行など)、国家親衛軍を内務省の管轄下に残すのか独立させるのかを巡って議論は紛糾した。ティホミロフらは国家親衛軍を内務省から独立させることまではせず、あくまでも内務省管轄下での再編を主張したのに対し、プーチン大統領に近いFSB(連邦保安庁)は国家親衛軍の独立を主張していたとされる。また、FSBはそもそも新たな治安機関が出現することを歓迎していなかったという話もあり、詳細ははっきりしない。いずれにしてもソ連時代以来の軍事組織の構成を変化させるという大事だけに話はまとまらず、結局は沙汰止みとなった。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、新たに遺体受け取り ラファ検問所近く開

ビジネス

米11月ISM非製造業指数、52.6とほぼ横ばい 

ビジネス

マイクロソフトがAI製品の成長目標引き下げとの報道

ワールド

「トランプ口座」は株主経済の始まり、民間拠出拡大に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 9
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story