コラム

プーチンに戦争を決断させた「原油価格のロジック」と、その酷すぎる「計算違い」

2022年03月19日(土)14時50分
ガスプロム石油精製施設

ガスプロムの石油精製施設 Alexey Malgavko-REUTERS

<ロシアの命運を左右する「資源」について見誤ったプーチンが、世界規模の「狂乱物価」を招き、在外邦人の年金生活者には「地獄」が訪れる>

[ロンドン発]ロシア軍によるウクライナ全面侵攻で原油価格が暴騰する中、イギリスではガソリンやディーゼル燃料(軽油)の盗難を防ぐため、ガソリンや軽油を抜き取りにくい駐車方法や、カギ付きのフィラーキャップ、警報システム、CCTV(防犯カメラ)の設置を呼びかけている。

「タブロイド」と呼ばれる英大衆紙デーリー・メールはスーパーマーケットで大量に購入した食用油を乗用車に補給する嘘か本当かも分からないニュースを動画付きで報じている。無鉛ガソリンと軽油の価格は1リットル当たりそれぞれ1.679ポンド(約263円)と1.779ポンド(約278円)。軽油は2ポンド(約313円)を突破しているところもある。

レギュラー160~170円台、軽油130~160円台の日本に比べかなり高い。イギリスでは2020年6月時点で無鉛ガソリン1.071ポンド(約168円)、軽油1.12ポンド(約175円)だった。天然ガス価格は1サーム(10万英熱量)当たり侵攻前の1.65ポンド(2月16日)から一気に5倍近い8ポンド(3月7日)に跳ね上がり、2.39ポンド(約374円)に落ち着いた。

原油高騰だけでなく天然ガス価格も乱高下し、1970年代の石油危機の到来を予感させる。筆者の周りにも「エネルギー代が上がりすぎてヒーターを切っている」「寒さをしのぐため湯たんぽを抱いて寝ている」と打ち明ける独り暮らしの女性がいる。ガス代と電気代は今年4月から年693ポンド(約11万円)値上げされ、1971ポンド(約31万円)になる。

英中銀は政策金利を0.5%から0.75%に引き上げ

イギリスの消費者専門家は「10月にはガス代と電気代は3000ポンド(約47万円)に達する恐れがある」と英紙のインタビューで警鐘を鳴らしている。消費者物価が4月には8%前後に上昇する見通しとなり、英中銀・イングランド銀行は3月17日、政策金利を0.5%から0.75%に引き上げた。昨年の0.1%から3会合連続の利上げである。

「ロシアのいわれのなき侵攻とウクライナに与えた苦痛を非難する。侵攻によりエネルギー価格や食料品価格がさらに大きく上昇した」とイングランド銀行は指摘する。一方、日銀の黒田東彦総裁は18日、緩和を続ける考えを強調した。金利差が開けば対英ポンドでも円安に振れ、筆者のような在英邦人は円安とインフレのダブルパンチに見舞われる恐れがある。

中でも深刻なのは日本の年金をあてにしている在英の高齢者だ。日本円で給与をもらっている駐在員世帯の生活も苦しくなるのは必至だろう。今のところインフレとは無縁の日本だが、日銀がこのまま緩和を続けると、ある時点で必ずインフレに振れる。年を取り、若い頃のように働けなくなってからのインフレは年金の目減りを意味し、まさに「死刑宣告」に等しい。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story