コラム

欧州としての解決策か、それとも近隣窮乏化か EUの命運は四面楚歌のメルケル独首相にかかっている

2016年02月18日(木)16時13分

 メルケルが開放政策を放棄して国境封鎖に転換すれば、欧州統合の理念「移動の自由」を認めるシェンゲン協定が一気に崩壊してしまう。ギリシャに大量の難民が滞留し、ロシアに援助を求めるだろう。ギリシャを取り込んでEUに揺さぶりをかけようとしてきたプーチンにとって、それこそ思う壺である。メルケルの数少ない味方であるスウェーデンやオーストリアでさえ、難民に対する規制を強化している。

【参考記事】閉ざされた「愛の橋」 寛容の国スウェーデンまで国境管理

 200万人以上のシリア難民を受け入れるトルコにEUが30億ユーロを援助する見返りに、国境管理の強化を求めてギリシャ・ルートの難民流入を抑制する。その一方で、トルコから直接、難民を引き受け、EU加盟国に人口や経済力に応じて割り当てる。紛争や内戦が起きていない「安全国」からの経済難民はEUの負担で強制送還する──。

難民の押し付け合いを避けられるか

 これが四面楚歌のメルケルの描く戦略だが、孤独な闘いが待ち受けている。しかしドイツ国内にメルケルに代わる対抗馬は見当たらない。3月にバーデン=ヴュルテンベルク州など3つの州議会が行われるが、社会民主党(SPD)は連立政権の中で埋没し、伸び悩んでいることが世論調査から明らかになっている。

 支持率を10%台に伸ばしているのが右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」だが、メルケルの足元を揺るがすほどの勢力ではない。ドイツの有権者は大騒ぎする欧米メディア以上に冷静に問題解決の時間をメルケルに与えているようだ。

 今回の危機にEU加盟国がバラバラに対応すれば、それぞれが国境を閉鎖するなどして難民を押し付け合う近隣窮乏化政策に走り、しわ寄せが難民流入の玄関口である重債務国のギリシャやイタリアに集中する。さらにトルコがシリア国境に壁を構築すれば、多くの難民がロシアの空爆の犠牲になる。

 問題を解決するにはEUが「ヨーロピアン・ソルーション(欧州としての解決策)」を打ち出すしかない。それができるリーダーは、メルケル以外に見当たらない。欧州は常に危機をバネに前進してきた。危機を乗り越えられないと欧州はバラバラになる。第二次大戦以来、最悪といわれる難民危機でEUは再び、その真価を問われている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン、米との恒久的和平協議に前提条件設定 海峡通

ビジネス

パーシング・スクエア、ユニバーサル・ミュージックを

ワールド

フィリピン3月CPI、+4.1%に大幅加速 輸送費

ビジネス

英新車販売、3月は前年比約7%増 イラン危機が懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 4
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 5
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 8
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 9
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 10
    トランプ、イランに合意期限「米東部時間6日午前10時…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 8
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 9
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 10
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story