コラム

EU離脱か残留か、今もさまよう「忠誠心の衝突」

2015年10月15日(木)17時47分

悩みは深く 英キャメロン首相はEU離脱を回避すべく欧州首脳を説得しているが(写真は5月の訪独時)

 英保守党のキャメロン政権は来年6月から2017年4月までの間に、欧州連合(EU)に残留するか、離脱するかの国民投票を実施する。EU離脱を党是に掲げる英国独立党(UKIP)に対し、ビジネス界を中心に残留派のキャンペーンも始まった。

 EUが単一通貨ユーロを軸に連邦制に近い統合に突き進むのを止めるため、首相キャメロンはEUに改革を求めている。国際金融街シティーなど英国の権益は守りたい。単一市場のEUとは別れがたいが、これまで以上の主権の委譲は受け入れられないという二律背反。

 キャメロンはEU離脱を望んでいない。世論調査を見ると、英国民もEUとの交渉で英国の主権と権益が守られれば、残留を希望している。親欧路線か、欧州への懐疑か。英国政治の片翼を担ってきた保守党は第二次大戦後、2つの思考の間をさまよってきた。

 保守党と英国の葛藤を体現する元財務相・外相のジェフリー・ハウが今月9日、妻のエルスペスさんと2人でジャズ・コンサートにでかけたあと、英中部ウォリックシャー州の自宅で亡くなった。88歳だった。死因は心臓発作と報じられている。

 影の財務相、財務相、外相、最後は副首相と15年9カ月にわたって英首相サッチャーを支え続けたハウに3度、英議会の上院でインタビューしたことがある。

 最初は2008年暮れ、サッチャーと元ソ連大統領ゴルバチョフの会談についてだった。1984年12月、当時、外相だったハウ氏と外務省のアドバイスを受け入れ、サッチャーは書記長チェルネンコの有力後継候補であるゴルバチョフを英国に招いた。

 ソ連議会代表団団長を務めるゴルバチョフは英南部チェッカーズの首相別邸でサッチャーと懇談、「パクス・ブリタニカ」を象徴する英首相パーマストン(1784~1865年)の「英国には永遠の友も永遠の敵もなく永遠の利害関係者があるのみ」という言葉を引いて、「私たちの仕事は共通する利害を特定することだ」と述べた。

「英国は永遠に単一通貨に参加しない」


 その場に同席していたハウは「ゴルバチョフが冷戦の緊張を打開したいと切望しているのはパーマストンの引用からも明らかだった」と回想した。チェルネンコは85年3月に死去。モスクワでの葬儀に参列したサッチャーは書記長に就任したゴルバチョフと45分にわたって会談、ソ連を警戒していた米大統領レーガンに「ゴルバチョフは一緒に仕事ができる人よ」と伝え、冷戦終結に道を開いた。

 2009年11月には、ベルリンの壁崩壊20年と、英保守党が政権奪取のために掲げた緊縮財政策についておうかがいした。「あの時誰1人として次に何が起きるかを予測できなかった。米英仏ソの首脳より大衆が主要な役割を果たした。私は東西ドイツが分断したままでは欧州の統合は不可能と考えていた」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

新たな米ロ首脳会談、「準備整えば早期開催」を期待=

ビジネス

米政権のコーヒー関税免除、国内輸入業者に恩恵もブラ

ワールド

クックFRB理事の弁護団、住宅ローン詐欺疑惑に反論

ビジネス

日経平均は続落で寄り付く、5万円割れ 米株安の流れ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story