コラム

テレワークを大企業の特権で終わらすな

2020年03月13日(金)17時40分

熊谷1は、その理由の一つとして「国民が持つ、時間のゆとりの有無」を挙げた。ドイツの連邦統計局が2016年に実施した調査結果によると、回答者の約91%は「現在の労働時間に満足している」と答えているそうだ。一方、日本の内閣府が2017年6月に実施した調査で「生活の中で時間のゆとりがある」と答えた回答者の割合は68.6%に過ぎない。質問項目が異なり、直接比較することは難しいものの、「時間のゆとり」に対する日本人とドイツ人の意識に差があることがうかがえる。つまり、ドイツ人は仕事や時間に追われず、自分の時間を持ち、ゆとりのある生活を実現しているため、国民が感じる生活満足度が高いと言える。金銭的に裕福でないとしても、ワーク・ライフ・バランスを実現し、好きな人と自由な時間を過ごすことが満足度を高める要因になっている。短期間で労働時間を多く減らすことは難しいかも知れないが、テレワークを上手に活用すれば、通勤時間などが短縮され、仕事と育児や介護との両立がしやすくなる。その分、個人や家族の満足度も高まると予想される。

Kim200313_2.jpg

企業規模や雇用形態による新しい格差が生まれないように慎重な議論を

本稿では、既存の調査結果などを用いて、日本にはまだテレワークや在宅勤務制度が定着していないことや、企業規模や業種、職種により利用状況が大きく異なっていることを説明した。日本では新しい制度が実施されるたびに、大企業と中小企業の間に導入率の差が発生し、給料の格差だけではなく休日や働き方の格差も発生している。その良い例が2017年2月に実施された「プレミアムフライデー(Premium Friday)」である。政府は、長時間労働の是正により、早い時間から買い物や旅行などをしてもらうことにより、消費を拡大させ2020年までに名目GDP600兆円を達成するための制度として、プレミアムフライデーを実施した。プレミアムフライデーは約1割の企業で実施されたものの、企業規模別の早期退社率(プレミアムフライデー当⽇の通常よりも早く退社したという者の割合、2017年2月~2019年1月調査までの全17回調査の平均)は、大企業が15.0%であることに比べて、中小企業と零細企業は両方ともに9.1%に留まっており、企業規模により実施率に差があることが明らかになった。

最近、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークや在宅勤務制度を実施しようとする企業が増加しているものの、大企業に比べて情報共有ツールや通信機器が整備されず、他のオフィスや施設を利用することが難しい中小企業にとっては、「高嶺の花」である可能性が高い。さらに、正規労働者に比べてパートやアルバイトのような非正規労働者の利用率は低く、雇用形態による働き方の格差も発生している。

大企業や中小企業の間に、また、正規労働者と非正規労働者の間に、働き方の格差という新たな格差が生まれないように、慎重な議論と対策を考える必要があろう。

――――――――
1 熊谷徹:ドイツ在住フリージャーナリスト。著書に『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など

20200317issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月17日号(3月10日発売)は「感染症 vs 人類」特集。ペスト、スペイン風邪、エボラ出血熱......。「見えない敵」との戦いの歴史に学ぶ新型コロナウイルスへの対処法。世界は、日本は、いま何をすべきか。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

仏大統領が訪中へ、脅威に対処しつつ技術へのアクセス

ワールド

アングル:トランプ政権のAIインフラ振興施策、岩盤

ビジネス

中国万科の債券価格が下落、1年間の償還猶予要請報道

ビジネス

午前の日経平均は反発、大幅安の反動 ハイテク株の一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story