コラム

「主導者なき」エジプト反政府デモの背景には、貧困という時限爆弾がある

2019年10月07日(月)16時20分

貧困撲滅を掲げたのに貧困率は上昇、インフレも加速した

政治活動家でもない人物によるSNSでの政府批判が反響を呼んだのは、7月末にエジプトの中央統計局が2017/18年の貧困率を32.5%と発表し、人々に衝撃を与えた直後だったためでもある。エジプトの貧困ラインは「1日1.3ドル」以下の収入と定義されているが、2015年の27.8%から4.7ポイント上昇し、国民の3人に1人が貧困という事実が突き付けられた。

kawakami191007egpyt-chart.png

出典:エジプト中央動員統計局(CAPMAS)

エジプト政府の定義による貧困層が人口に占める割合は、2011年のエジプト革命後の混乱の中でも、2010/11年の25.2%から2012/13年には26.3%へと微増だった。それが2013年の軍事クーデターの後、6.2ポイント上がったことになる。

さらに、エジプト政府が設定している「1日1.3ドル」という貧困ラインは、世界銀行が2015年に設定している「1日1.9ドル」よりも低い。世銀は今年5月、エジプトについて「人口の60%が貧困または経済的弱者」と認定している。

エジプト政府は2018年、エジプトの貧困率を2020年に半分にし、2030年にはゼロにすると貧困撲滅宣言をしたが、貧困率は逆に上昇したわけだ。

シーシ政権になって貧困が拡大した要因として指摘されているのは、2016年に国際通貨基金(IMF)から3年間で総額120億ドルの融資を受ける条件として財政健全化政策を実施し、さまざまな政府補助金を廃止・削減したことだ。路線バスの切符が2エジプトポンド(13円)から4エジプトポンド(28円)に上がるなど、電気、水道、公共交通機関などの公共料金が軒並み上がった。

さらに、2016年11月にはエジプトポンドが変動相場制になり、エジプトポンドの対ドルレートが1ドル=8.8エジプトポンドから同年末までに最高 1ドル=19ポンドに急落し、これによってインフレが加速した。

インフレ率は2016年10.2%、2017年23.3%、2018年21.6%で、2019年になってからは10%を切る水準まで下がっているものの、肉や野菜などの食料品も値上がりし、人々の生活を圧迫している。

アルジャジーラに出演後、著名な政治学者も逮捕された

9月20日のデモが起きた後、アルジャジーラはエジプトのデモを巡る討論番組を放送。カイロ大学政治学部のナフィア教授がカイロから参加し、反政府デモが起こった背景を解説した。

「人々の怒りは日々募っている。政府の説明と実際に起こっていることとの溝が明らかに広がっている。なかでも経済的な問題が大きい。人々は指導者を信じて、困難を耐えれば国が生まれ変わり、生活水準も上がってくると信じていた。ところが、公式の統計では3分の1の国民が貧困ライン以下にあり、その上の3分の1は貧困ラインに近づきつつあると知らされた。そこへ、ムハンマド・アリが政権にとんでもない腐敗があると言い出し、資金が宮殿に費やされていることが明らかになった」

この番組出演後、ナフィア教授はエジプトで逮捕された。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米財務長官「ブラード氏と良い話し合い」、次期FRB

ワールド

米・カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近い ルビ

ビジネス

TikTok巡り19日の首脳会談で最終合意=米財務

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story