コラム

トランプのエルサレム認定 「次」に起こる危機とサウジの影

2018年01月10日(水)12時01分

トランプが無視する安保理決議242号とは?

エルサレムをイスラエルの首都として認めることは、首都化の動きを「無効」とした安保理決議の前提となっている第3次中東戦争直後の安保理決議242号にも縛られないという立場になる。

決議242号はイスラエルに対して、紛争によって獲得した占領地であるガザ、東エルサレム、ヨルダン川西岸から撤退することを求め、その代わりに、アラブ諸国がイスラエルの主権や生存権を認めることを求めている。紛争終結のための枠組みとして「土地と和平の交換」の原則となっていた。

イスラエルが東エルサレムを併合して首都に組み入れたことは、安保理決議242号に反する。さらに、東エルサレムとヨルダン川西岸で120カ所以上のユダヤ人入植地を建設し、そこに約60万人のユダヤ人入植者が住んでいることも、ヨルダン川西岸にはみ出して分離壁を建設していることも、占領の現状を変更することになり、国際法上違法である。

分離壁については国際司法裁判所が「占領地での分離壁建設は違法にあたり、中止・撤去すべきだ」と判断を示している。

トランプに先立つ米国の歴代大統領は安保理決議242号のもとで、パレスチナ国家を樹立し、イスラエルとの共存を目指す「2国家解決」を目指してきた。それに対して、イスラエルは半世紀にわたって安保理決議242号に違反して、占領地の「現実」を次々と変更してきたのである。

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めることを「現実」というのは、和平の枠組みである安保理決議242号から外れることになり、その理屈で行けば、入植地建設も分離壁建設も「現実」ということになる。

米国はイスラエルの同盟国でありながら、和平の仲介者としては国連決議を解決の枠組みとして受け入れてきた。だからこそ、イスラエルがエルサレムを首都と宣言しても、これまではそれを受け入れなかったし、ユダヤ人入植地についても「和平の障害」として積極的に支持することはなかった。

オバマの牽制むなしく、「土地と和平の交換」原則を放棄

オバマ前大統領は就任時に「パレスチナ和平での合意」を公約と掲げ、そのためにイスラエルの入植地建設に対して最初は強く反対する立場をとったが、ネタニヤフ首相の強い抵抗を受けて、反対姿勢は次第に軟化した。

しかし、政権最後の2016年12月に安保理が「イスラエルに対して東エルサレムを含むパレスチナ占領地でのすべての入植活動の即時、完全な停止を要求する」とした安保理決議2334号について米国は拒否権を行使せず、棄権したために決議が採択された。

決議では「1967年以来占領された東エルサレムを含む、パレスチナの領土へのイスラエルによる入植地建設にはいかなる法的な正統性もなく、国際法に対するはなはだしい侵害となり、2国家共存による問題解決と、公正で永続的で、包括的な平和に対する主要な障害であることを確認する」としていた。

オバマ大統領としては、政権運営のためにネタニヤフ政権と妥協せざるをえなかったが、最後に中東和平の基本を確認する意地を見せたということであろう。就任前からネタニヤフ政権に寄り添う姿勢を見せるトランプ氏を牽制する意図もあったかもしれない。

結局、トランプ大統領は政権1年目でタブーを犯して、安保理決議に基づく「土地と和平の交換」の原則から飛び出し、国連の枠組みと対立することでイスラエルと同じ立場になった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米連邦政府職員数が10年ぶり低水準、トランプ氏の縮

ビジネス

中国12月CPI、3年ぶり高い伸び PPI下落鈍化

ビジネス

中国AI企業ミニマックスが香港上場、株価50%高

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ野党指導者マチャド氏と来週面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 5
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 6
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 7
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 8
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 9
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 10
    「ショックすぎる...」眉毛サロンで「衝撃的な大失敗…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 9
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 10
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story